⁂2(1) 二人

 人込みに乗って私達も車内を後にする。


 最初に乗った電車はそうでもなかったが、乗り換えを行った次の電車はそれなりに混んでおり、とでもないが座る事は出来なかった。


 ホームに降り立ち、階段を登り、通路を進む。その先の改札を抜けるとそこは――


「わぁ……」


 後ろからそんな声が聞こえてきた。


 声こそあげなかったが、私も同じ気持ちだった。


 天井から無数の電飾がるされ、通路の隅にはクリスマスや冬に関連した小さなモニュメントが等間隔で置かれている。

 まさに光が満ちあふれている、そんな感じだ。


 とりあえず、人の邪魔にならないように隅に移動する。


「想像の十倍綺麗きれいだった」

「いや、まだ本番はこれからだから」


 そう言って私は、楓の言葉に苦笑を返す。


 駅構内はじょの口も序の口、周辺こそがイルミネーションのメイン、本筋だ。


 通路を歩き、二階建ての商業施設がある方へ進む。


 商業施設に向かって伸びる陸橋りっきょうと駅構内を分かつように円状の空間があり、その中央に大きなオブジェが置いてあった。


 電飾によって作られた六角すい。蒼く光るそのオブジェは、色合いもあって冷たさと同時に神秘的な雰囲気を見る物に与える。

 頭上に吊るされた電飾も通路の物より何倍も大きく、存在があった。


 この場所はいわゆる映えスポットの一つとなっていて、今も多くの人が代わる代わる写真を撮っている。


「私達もろうか?」


 その様子を遠くから眺めながら、私は隣に立つ楓にそう尋ねる。


「うーん。あの中に入ってく勇気はないかな」


 確かに、オブジェの辺りは混雑しており、写真を撮るとしたら順番を待つために並ぶ必要がありそうだ。

 まぁ、待つと言っても、回転率は速いのでほんの一分程度だろうけど。


「じゃあ、後で空いてたら撮るという事で」

「だね」


 少しの間、オブジェを眺めた後、私達はその場を離れる。


 多分、静香しずか紗良紗さらさと来ていたら、私は迷わず写真を撮りに行っていたと思う。


 隣に誰がいるかで行動は変わる。

 どちらがいいとか悪いとかの話では決してなく、ただそういうものというだけの話だ。


 陸橋にも駅構内同様電飾が散りばめられていて、綺麗かつとても幻想的だった。


 こんな場所を恋人と歩いたら、ひどくロマンチックだろうな。

 等と思いながら、ちらりと隣を見る。


 相変わらず楓は周りのイルミネーションに瞳を輝かせ、子供のようにキョロキョロと辺りを見渡していた。可愛い。


 思わず、私からくすりと笑みがこぼれる。


 けど、ロマンチックという感じではないかな。


「何?」


 視線や表情から私の思考を読み取ったのか、楓が不満げな表情をこちらに向けてみせる。


「ううん。なんでも」


 と言いつつ、私の口元はゆるんだままだった。


 こればかりは、自分でコントロール出来るものではないので仕方ない。


「嘘。どうせ変な事考えてたんでしょ」

「いや、普通に可愛いなって」

「子供っぽいって事?」


 さすが楓。鋭い。


「そうは言ってない」

「つまり、思ってはいると」

「なんでそんなうがった見方するかな」


 まぁ、実際その通りなんだけど。


「ん?」


 楓とのやり取りの最中、ふと陸橋の下に目をやる。するとそこには、見知った顔が二つ並んでいた。


「ねぇ、あれ」


 肩を叩き、楓に自身が見つけたものを教える。


「何? そんな事で私は誤魔化され――え?」


 言葉を変なところで区切り、楓が代わりに驚きの声をあげる。


「水瀬さんと早坂さん?」

「じゃない?」


 というか、ここからでも分かる。どこからどう見てもあの二人だ。特に早坂さんのような人を、いくら距離が離れているからと言って見間違えるはずがない。何しろその容姿は、電飾の光がかすむくらいに一際ひときわ輝いているのだから。


「デート?」


 言いながら、イルミネーションの時とは比べものにならないくらいキラキラした瞳で、楓が眼下がんかの二人を見つめる。


「そりゃ、そうでしょ。付き合ってるんだし」


 何も不思議な事はない。むしろ、カップルなんだから、そう考える方が自然だ。


「どうする?」


 と私は楓に尋ねる。


「どうするって?」

「いや、顔を合わせないために、どこかでやり過ごすとか……」


 幸いな事に、商業施設の出入り口は目と鼻の先、このまま中に入れば鉢合わせる可能性を下げる事が出来る。

 しかし、そもそもそこまでして避ける必要があるのだろうか……。


「ねぇ」


 今後の事を話し合おうと隣に目を向けた私が見たのは、すでに階段の方に五歩も六歩も進んだ楓の姿だった。


「ちょっと」

「何してるの? 下行くんでしょ」


 思わず呼び止めた私に、楓がグズグズするなと言わんばかりにそう言葉を返す。


「……」


 まったく。あの二人の事となると、急に積極的になるんだから。


 嘆息たんそくを一つしてから、私は足早に楓の後を追う。そして、すぐさまその隣に並ぶ。


「何? 声掛けるの?」

「まさか。もう少し近くで見るだけよ」

「それってストー――」

「違うから、全然。似ても似つかないから」


 まぁ、隠れて写真を撮るわけでないのなら問題ないか。問題ない、よね?

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