⁂1(2) 選択肢
私が自分の気持ちに気付いたのは、おそらく後夜祭で楓の手を握った時。
あの時、私は
恋とは何か?
誰かに対して想い
頭では分かっていた。けど、こうして自分が当事者になるまで、本当の意味では理解していなかった。
男女で恋愛する事が普通だと思っていたから。
男女で恋愛する事が普通だとみんなが言うから。
でも、そのみんなって誰? 誰に言われたの? 誰にも言われていない。お父さんにもお母さんにも先生にも友達にも。心の中では思っていたとしても、実際に口に出されて言われた事は一度もない。そういう空気を私が感じ取っていただけだ。
少なくとも、楓にその手の事への抵抗はなさそうだ。水瀬さんと早坂さんの関係に目を輝かせていたし。とはいえ、自身もそうだとは限らない。
本当のところはどうなんだろう? ありかなしか、あるいは考え事もないか……。
なんにせよ、今のままでは何も変わらないし何も始まらない。一歩を踏み出すのだ。今日、私から。
当日、私は少しお
今日の私の服装は、ケープカラーがドッキングしたニットワンピ。色はワインレッド。更にその上から深緑色のロングコートを
あまり気合を入れ過ぎても楓に引かれてしまうので、適度なお洒落加減を心掛けた。
イブだからこういう格好をしている、そう思われる程度の服装に自分では収めたつもりだ。
駅に着くと、楓が先に来て待っていた。
楓の格好もどことなくいつもより洒落ている――ような気がする。
上はベージュのタートルネックのセーター、下はブラウンのニット素材のロングスカート、上着は白のダッフルコート。
少なくとも私は、この服装をした楓を今まで見た事がなかった。
まさか、今日のために買ったわけではないだろうが……。
「お待たせ」
少し離れた所から声を掛け、片手を
「全然。まだ時間前だから……」
と言いながら、楓が私の事をじっと見る。
「何? どうかした?」
「いや、
「べ、別に、楓の前で着てなかっただけだし」
思ったより動揺が、口を突いて出てしまった。
さすが幼なじみ、相手の服についてはお互い知り
「とりあえず、行こ。電車来ちゃう」
私はそう言って話題をかわす。
「あ、うん。そうだね」
電車が後十分もしない内に来るのは本当なので、楓も特にその事に違和感を覚えず、私の言葉に素直に
というわけで、私は楓と連れ立って構内へ向かう。
改札を
ホームには私達以外にも電車を待つ人々が複数人いて、これから楽しい事が待っているのか、彼らの表情は一様に明るかった。
「みんなイルミネーション見に行くのかな?」
「まさか」
中にはそんな人もいるかもしれないが、ここにいる全員が同じ目的という事はないだろう。友達の家、飲食店、買い物、恋人の家。行き先の候補は無数にある。
「ねぇ、桜は親からクリスマスプレゼントって
「一応、欲しい物は聞かれたから多分くれると思う」
去年までは寝ている間に枕元に置かれていたが、今年はどうだろう? さすがにサンタクロースにお願いするような年でもない。普通に渡してくるかな。
「楓のとこは?」
「私もまだ貰えそう。ああいうのって何歳まで貰えるんだろうね」
「その家の方針にもよると思うけど、キリがいいところで終わるんじゃない? 中学卒業、高校卒業、二十歳……」
貰える物は貰っておく主義なのでこちらから何かを言う事はないが、急に貰えなくなっても文句の言えない年にはなってきた。
「桜はさ、何歳までサンタクロース信じてた?」
「うーん。十歳くらい? 友達がサンタは親なんだって言い出して、その時私はまだ信じてたんだけど、話合わせて、だよねって」
あの時の衝撃は凄かった。まぁ、元々サンタクロースの存在を疑い出していた頃ではあったが、それでもはっきり口にされるとやはりショックはデカい。冗談抜きで三日は引きずった。
「そういう楓はどうなのよ?」
「私は小三の時。サンタクロースをこの目で見てやろうと思って夜遅くまでこっそり起きてたら、普通にお父さんが入ってきて枕元にプレゼントを置いていって」
「うわぁ」
もしかしたら、それが一番ショックな知り方かもしれない。突然、
「その時はさすがに泣いたわ」
「でしょうね」
私が同じ立場でも多分そうなる。
サンタクロースを見てやろうというワクワクからの絶望。あまりにも振り幅が大き過ぎる。
「そう言えば、明日のプレゼントは結局決まったの?」
「あー、うん。なんとか」
ギリギリまで悩んだ末、無難ではないが尖り過ぎてもいないちょうどいいプレゼントを見つけ、それを一昨日ようやく購入した。
そして、そのついでと言ってはなんだが、もう一つのプレゼントも……。
「楽しみだな、桜が悩みに悩んで選んだプレゼント」
ここぞとばかりに楓が、私の事を楽しげにからかってくる。
「ちょっと止めてよね、変にハードル上げるの」
「だって」
と楓がおかしそうに笑う。
まぁ、別にいいけど。
とはいえ、言われっぱなしは少し
「楓にだけは当たらないように祈っておくわ」
そう私は楓に言い返す。
「えー。ひどいー」
「どっちが」
言い合いをしながらも、私達の顔には自然と笑みが浮かぶ。
二人でなら、電車の待ち時間も全然苦ではない。むしろ、楽しくて仕方がなかった。
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