サイドストーリー 桜色

⁂1(1)  選択肢

 物心付く頃には、かえではすでに私の隣にいた。


 私から話し掛けたという事だが、三歳やそこらの時の事なので当然覚えてはいない。とはいえ、楓から話し掛けてくる光景はちょっと想像出来ないため、多分間違いないだろう。


 昔の楓は、引っ込み思案じあんで人見知りだった。今でもその傾向はあるが、小学校低学年の頃まではそれがもっとひどかった。私がいないと楓は何も出来ない、そう思える程に。


 しかし、年齢を重ねていく内に楓はそれを改善させていき、五年生になるとむしろクラスの中心に立ち色々な人から頼りにされるような存在になっていた。


 私は私で楓とは違う意味でクラスの中心に立ち、そのせいで私達が校内で話す事は次第に少なくなっていった。それぞれの周りに集まる生徒のタイプが正反対で、両者のりが合わなかったためだ。


 もちろん話さなくなった理由の一つに私の個人的な気持ちの変化も当然あったのだが、ここでは割愛かつあいさせてもらう。


 中学に上がると、学校が変わった事もあり私達は更に校内で話さなくなった。全然毛色けいろの違う友人と絡み、まるで赤の他人のように過ごす。その頃になると、私は下らない嫉妬心しっとしん敵愾心てきがいしんから楓とは学校以外でも話さなくなっており、二人の仲は疎遠そえんとなっていた。しかし、私が部活を卒業してからは、その関係も徐々に戻り始め、本格的に受験が始める頃にはすっかり幼なじみの関係性に戻っていた。


 結局一番落ち着くのは楓の隣、多分向こうもそう思っている事だろう。


 だから、私達の今の関係はいつまでっても変わらない、その事を疑う事すらしなかった。あの日あの時までは……。


 私達のクラスに転校してきた早坂はやさかソフィアさんは、誰が見ても美人で何より華があった。


 そんな彼女といつも一人で本を読んでいるような水瀬みなせさんが仲良くなったのは、一見すると意外な事のようにも思える。しかし私は、それを知った時全然驚かなかった。なぜなら水瀬さんもまた、私から見たら美人でそこ知れぬ魅力を持った女性だったからだ。


 二人は本当に仲が良かった。周りの目を気にして初めは無関係をよそおっていたが、それでも雰囲気や空気感から二人の仲の良さは充分伝わってきた。


 ひとえに仲がいいと言っても、その種類は千差万別、色々とある。腐れ縁、家族のよう、姉妹みたい、友達、親友、そして……。


 二人の仲の良さが特別なものなのかもしてないと感じ始めたのは、文化祭の準備が始まってから。私が仕掛けた事もあって関係をオープンにした二人は、誤解を恐れず言うならば常にいちゃついていた。いや、別に何か変わった行動を取っているわけではないのだが、傍から見たら丸っきりそうにしか見えないのだ。二人の間に特別な空気が流れているとでも言えばいいのだろうか。とにかく、すきあらば二人の時間を作り出していた。


 そして、私は気付いてしまった。こういう関係は、何も遠い世界にだけ存在する特殊なものではないという事に。


 よく世界が開けたみたいな表現をするが、まさにそんな感じだった。今まで考えてもみなかった選択肢せんたくしが、突然降っていたような。むしろそれこそが、私の正解だったのではないかとすら思えた。




「――さくら


 名前を呼ばれ、我に返る。


 私の前には楓が座っており、その顔には心配そうな表情が浮かんでいた。


 場所はいつもの喫茶店。現在、私と楓はテーブルを挟んで向かい合って座っている。


 美咲みさきちゃんの姿は、今日店内になかった。お友達の家にお呼ばれしているらしい。


 最近こういう事が増えた。美咲ちゃんに友達が出来た事をうれしく思う反面、会う機会が減った事はやはり寂しい。子供を持つ親の気持ちが少し分かった気がする。……絶対違うけど。


「大丈夫?」

「え? 何が?」

「いや、ぼっとしてたから」


 まぁ確かに、一緒に喫茶店に来て片方がぼっとしていたら心配にもなるか。


「少し考え事をしてて」


 だから私は、正直にその理由を話す。


「考え事って、どんな?」

「……」


 言えない。楓の事を考えていたなんて、口が裂けても。


 ハロウィンパーティの翌週、私達は約束通りデートをした。動物園は楽しかったし、それなりに盛り上がった。けれど、だからと言って私達の関係に大きな変化があったかと言うと、決してそうではなかった。多少変わったかもしれないが、それは誤差ごさとも言える微々びびたるもので、発展と呼ぶにはあまりにも小さな前進だった。


「今度クリスマスパーティがあるじゃない? そのプレゼント何にしようかなって」


 なので、私はうそく。


 とはいえ、その事で悩んでいたのは本当なので、全くの嘘というわけでもないのだが。


「桜、意外と気遣きづかい屋だもんね」


 そんな私の思考を知ってか知らずか、楓は私の話にすんなり乗っかってきた。


 分かっていてあえて合わせてくれている可能性もあるが、それならそれでがたく話を続けさせてもらう。


「意外って何よ。私はいつも気遣い屋さんでしょ?」

「でも、みんなの前ではそう見えないように振る舞ってるじゃない?」

「……」


 図星だった。まぁ、十数年来の幼なじみにバレていないわけがないんだけど。


「目星は付けてるの?」

「一応、候補は何点か。ただ、誰に当たるか分からないから、とがり過ぎてる物はなしだし、とはいえ無難な物もねぇ」


 その塩梅あんばいが難しい。


 プレゼントは、パーティ参加者にランダムで渡るようになっている。円になってプレゼントを横の人に回していって、適当なところでそれを止める。その時手に持っていた物を、プレゼントとして受け取るというシステムになっている。


 ちなみに、パーティ参加者は、紗良紗さらさ静香しずか朋絵ともえ蒼生あおい、楓、私の六人だ。さすがにあの二人は誘わなかった。イブだろうと当日だろうと今の二人には大切な時間であり、そこに水を差すような真似まねわずかばかりでもしたくなかった。


「楓はもう決めたの?」

「まぁね。桜と違って私は、無難な物を選ばせてもらったけど」


 楓はこう見えて思い切りがいい。プレゼントを渡す渡さないで悩む事はあっても、その物自体で悩む事はあまりない。それでいて的確な物を選ぶので、ホントズルい。


「一緒に考えてあげようか?」


 その申し出は、非常に魅力的だった。しかし、当日までお互いのプレゼントは秘密というのが、みんなで決めたルールだ。そこが崩れてしまったら面白おもしろくない。なので――


「んー。止めとく。まだ時間あるし自分で考える」

「そっか。頑張がんばれ」


 頑張れ? 果たして、こういう時のプレゼント選びとは頑張るものなのだろうか? 頭を悩ますという意味では、頑張っているとも言えなくもないが……。


「ねぇ、楓」

「ん?」

「イブって何してる?」

「何? 急に」

「いや別に、深い意味はないんだけど」


 逆に、この場合の深い意味ってなんだ?


 あせるあまり、思わず変な事を口走ってしまった。


 落ち着け。落ち着け、私。平常心。平常心だ。とりあえず、深呼吸を一つして……。


 楓にバレないように息を小さく吐く。


 おかげで少し気持ちが落ち着いた、ような気がする。


「特に予定はないけど……。家で夜にケーキを食べるくらい?」


 私の言葉に不自然さを感じたのか、楓が探るような視線をこちらに向けてくる。


 無理もない。私自身、やってしまった自覚があるのだから。


 もうこうなってしまったら仕方ない。出たとこ勝負、当たって砕けろの精神で行くしかない。


「イブに私とイルミ見に行かない?」


 声が震えないように気を付け、私はそう楓に提案する。


「イルミってイルミネーションの事? いいけど、わざわざイブに必要ある?」

「イブの方がほら、ロマンチックじゃない? なんとなく」

「ロマンチックねー。まぁ、ひまだしいいよ。付き合ってあげる」

「ホント? じゃあ――」


 それから私達は、当日に向けての打ち合わせをした。


 萩野橋はぎのばし駅に四時二十分に集合。そこから電車に乗って、一緒に切峰きりみね駅へと向かう。


 これで状況は整った。後は当日をむかえ、そして……。

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