第6話(5) イルミネーション

 駅に近付くと、歩道橋の上に屋根が出現する。今まで横や足元にだけあった電飾が頭上にまで伸び、更に光量を増した。


 気分はさながら夜間飛行。屋根からるされた装飾は妖精みたいにきらめいて、星々の下を飛び回る私はまるでウェンディのよう。そして隣には私だけのピーターパン。――なんて、さすがにクサ過ぎか。

 どうやら思った以上に、私はこの状況にっているらしい。


「どうかした?」


 自分の思考のマズさにくすりと笑いを零した私に、ソフィアちゃんがそう尋ねてくる。


「ううん。なんでもない。ちょっと、アニメの台詞せりふを思い出しただけ」

「どんな?」

「宇宙にある学校に向かうための宇宙船――というより宇宙ポットの中で、窓の外に映る飛行機(?)が飛び交う景色を見て、これから同級生になる予定の女の子が主人公の女の子にこう言うの。気分はまるでピーターパン。窓の外にはティンカーベル。そして、隣には……。そして、隣にはウェンディ、って」


 その台詞は物語の本質に地味に関わってくるわけだが、それが分かるのは後々、物語の中盤以降になってからだ。


「つまり、いおがピーターパンで私がウェンディって事?」

「いや、どう考えてもピーターパンはソフィアちゃんの方でしょ」


 ピーターパンは主役中の主役と言ってもいい存在。とても私にはつとまりそうにない。


「まぁ、確かに、いおの方が可愛いもんね」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」


 ああ言えばこう言う。ソフィアちゃんは、どうあっても私を持ち上げないと気が済まないようだ。


「見えてきた」


 ソフィアちゃんのその言葉に前方を向くと、少し離れた場所に光輝くオブジェが見えた。


 人の背丈よりやや高いピンク色の三角柱状の電飾に、黄色や青のグニャグニャとした電飾がいくつも巻き付いている。その周りには、これまた黄色や青の球体状の電飾が複数天井から吊るされており、何やら全体的に可愛らしい雰囲気をかもし出していた。


 二メートル程の距離を置いて、オブジェの前で立ち止まる。


 下にあった物よりかは小さいものの、存在感という意味ではこのオブジェにもそれなりのものがあった。


「女子が好きそうよね」

「そんな他人事ひとごとみたいに」


 とはいえ、目の前のこれがソフィアちゃんの好みと合致がっちしているかと問われれば、その答えは当然ノーだ。決して可愛いものに興味がないわけではないが、ソフィアちゃんの好きな可愛いはこういうのではないと思う。


 何はともあれ、とりあえず写真は撮る。先程同様オブジェの前に二人で並んで立ち、私のスマホを使ってソフィアちゃんによる自撮りを行う。


「折角だから、いおのだけのも撮りましょうか」

「え? なんで?」

「お母さんに送るから」

「……」


 恋人の母親に送るため、私一人の写真を撮る。なかなかよく分からないシチュエーションだ。


「大丈夫。絶対喜ぶから」

「いや、そういう問題じゃなくて……」


 と口にするが、確かにそこの心配もある。美玲みれいさんが喜びもしないのに私の写真を送ったら、それはただの嫌がらせ、迷惑行為以外の何物でもないだろう。


「ほら、早く」

「……」


 かされ、私は渋々しぶしぶオブジェの前に一人で立つ。


「まずはコートのポケットに両手を突っ込んで――」

「ポーズの指定まであるの!?」


 何それ、どんなばつゲーム?


「混み出したら大変だし、無駄口むだぐち叩かずちゃっちゃっと撮るわよ」

「なんか、すご理不尽りふじん


 とても納得は出来ないが、ここでゴネても逆に迷惑が増すだけ。これも相手の母親と良好な関係を築くために必要な事とあきらめ、早く終わらせる方に気持ちをシフトしよう。


 ソフィアちゃんの指示通り、ポケットに手を突っ込む。


「少ししゃに構えて――」


 言われるまま私は体を傾ける。


「表情は、クール系美少女が仕方なく付き合わされてる風をよそおいつつ内心はノリノリな感じで」

「注文が複雑過ぎる!」

「でも、なんとなく分かるでしょ」

「うーん……」


 実際に出来るかどうかは別にして、創作物においてはお約束とも言えるよくある表情なので、正直想像はしやすい。


「というわけで、はい。どうぞ」

「どうぞと言われても……」


 まぁ、やるけど。


 美少女の部分は置いておいて、その他の部分をなんとなく再現してみる。


「完璧」


 と言いながら、ソフィアちゃんが私のスマホをタップする。そして、カシャという音が少し遅れて耳に届く。


「可愛い。待ち受けしちゃお」

「いや、それ、私のスマホ」

「そうだった」


 危ない危ない。後少しで、自分のイキった写真を待ち受けに設定されるところだった。


「もう、気は済んだ?」


 オブジェの前を離れ、ソフィアちゃんの元に行く。


「同じ場所で何枚も撮ると他の人の邪魔になるし、次行こうか」

「……」


 次はどんなポーズを要求されるやら、ホントタノシミデシカタナイ。

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