第6話(4) イルミネーション

「どう、かな? こんな感じなんだけど」


 そう言って秋元さんが、こちらに近付いてくる。

 スマホを受け取り、ソフィアちゃんと撮ってもらった写真を確認する。


 オブジェの全体が収まっている上に、私とソフィアちゃんの表情も悪くない。

 いや、その表現は正しくないか。写真の中の二人はとてもいい表情をしていた。柔らかく、それに加え幸せそうな……。


「うん。いいと思う」

「左に同じ」


 ソフィアちゃんの同意が得られたため、私はスマホをしまう。そして――


「ありがとう、秋元さん」


 秋元さんに向かってお礼を言う。


「どういたしまして。二人はこれからどうするの?」

「まだ駅の方には行ってないから、そっちに行ってみるつもり。ね?」

「えぇ」


 顔を見合い、ソフィアちゃんとお互いの認識を再共有する。


 駅に繋がる二箇所の出入り口にはここの物とはまた違ったオブジェが存在し、そちらも負けずおとらず綺麗だとネットには書いてあった。

 ここの物もそうだがイルミネーションの装飾そうしょくは毎年違うようなので、どんな感じに見えるのか非常に楽しみである。


「そっか。じゃあ、私達はもう少しここにいようかな。ね?」

「え? あ、そうだね。うん。もう少しここにいよう」


 秋元さんに話を振られ、松嶋さんは一瞬戸惑いの様子を見せたものの、すぐに何やら理解したらしく同意の意を示す。


 気をつかわれたのだろうか。……まぁ、正直有難ありがたいいが。

 あ――


「そうだ。写真撮ってもらったお礼に、今度は私が二人の写真撮ってあげる」


 今返してもらったばかりのスマホを見せ、私は秋元さんと松嶋さんにそんな提案をする。


「えー。私達は別にいいよ。二人みたくそういうんじゃないし」

「……」


 苦笑を浮かべ断りの言葉を口にする秋元さんとは対照的に、松嶋さんは少し複雑そうな表情で口をつぐむ。


「……やっぱ、撮ってもらおうかな」


 それを見た秋元さんが、瞬時に自身の意見をひるがえす。


「え? 桜?」

「考えてみたら、イルミ見に来て写真撮らないとかあり得ないでしょ」


 秋元さんのその言葉は、ある意味では本心でありある意味では詭弁きべんだろう。


 元々写真を撮る事は考えていたかもしれないが、撮ってもらう事は考えていなかったというのが秋元さんの本音のように思える。

 ……まぁ、とはいえ、私達も似たようなものなので、あまり大きな口は叩けないが。


「ほら、楓、行くよ」

「う、うん……」


 秋元さんにうながされ、松嶋さんもその背中を追うようにしてオブジェへと近付く。


 二人がオブジェの前に立ったのを見届けてから、私はスマホを構え、写真の構図を確認する。


 まぁ、こんなものだろう。


「準備はいい?」

「オッケー。いつでもいいよ」


 私の問い掛けに、秋元さんが手を振り応える。


 よし。


「じゃあ、撮るよー。三、二、一、はい」


 カウントダウンの後、私はスマホの撮影ボタンをタップした。


 スマホからカシャという音がして、一瞬が切り取られる。


 そこに映っていたのは、キラキラと輝くオブジェの前ではにかむ二人の少女達。絶妙な距離感のようなものが、この一枚から見て取れた。


「どう? どう? いい感じ?」


 秋元さんがこちらに歩み寄ってきて、私のスマホをのぞき込む。


「うわ。なんかハズ」


 そして、そんな感想を口にした。


「確かに」


 続いて画面を見た松嶋さんも、秋元さんと同意見のようだ。


「どうする? 撮り直す?」

「うーん。私はいいかな。多分そういう問題じゃないし」

「私もそう思う」


 だそうだ。


 まぁ、二人の言いたい事は分かる。この写真に映っているこれこそが今の二人の関係性を可視かし化したものであり、無理にそこに変化を加えても不自然さが際立きわだつだけな気がする。


「じゃあ、送るね」


 今撮った写真を秋元さんのスマホに転送する。


「うん。来た。ありがとう」


 自分のスマホを取り出しそれを確認すると、秋元さんは私に向かってお礼の言葉を口にする。


「じゃあ、私達はこれで」

「はいはーい」

「またね」


 秋元さんと松嶋さんに見送られ、私とソフィアちゃんは歩道橋の方に向かう。


「あの二人――」


 と口にし掛けて止める。


「何?」

「ううん。なんでもない」


 例えそうだとして、根拠のない憶測は妄想と同じだ。自分の頭の中にとどめておこう。


 階段に差し掛かり、二人の視界から外れただろうタイミングで私の右手にソフィアちゃんの左手が重なる。

 私が手を裏返すと、ソフィアちゃんの指が私の指と指の隙間すきまに入り込んできて最後にきゅっと締まった。私もそれにならい、指を優しく倒す。


 イルミネーションデートはまだ、始まったばかりだ。

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