第6話(3) イルミネーション

 お店を出ると、世界が一変していた。


「わぁ……」


 目の前に広がる夜空のまたたきにも似たその光景に、私の口から知らず知らず声がれ出る。


 駅から二階建ての商業施設まで長く伸びる歩道橋の手すりの部分と、その下の歩道と車道をさえぎさくの部分に電飾が巻き付けられ、上下で光の道を形成していた。その他にも街路樹がいろじゅやポール、イベント用の舞台、歩道橋を支える柱等がキラキラと光輝いている。


「行きましょ」


 そう言って、私の前に手が差し出される。


「うん」


 私は強く頷くと、ソフィアちゃんの手を取り、一緒に歩き出した。


 横断歩道を渡り、歩道橋の下に潜り込む。


 舞台の更に先にはクリスマスツリーをしたオブジェがあり、そこは一種の映えスポットになっていた。様々な人が写真をったり眺めたりしながら、光に満ちあふれたこの空間の雰囲気にいしれる。


「思ったより、凄いわね」


 隣からソフィアちゃんのそんな声が聞こえてきた。


「私ももっと大した事ないと思ってた」


 この辺りの中では栄えている方とはいえ、切峰市は決して都会ではない。なので、イルミネーションの規模もたかが知れていると思っていたのだが……。


「ねぇ、私達も写真撮りましょ」

「え? あ、うん。そうだね」


 陽キャやラブラブカップルの巣窟そうくつと化したオブジェの周囲に近付くのは、陰キャ代表とも言える私にとってはハードルが高いが、今は隣にソフィアちゃんがいるし私達もカップルだ、何もおくする事はない。堂々と、胸を張って近付けばいいのだ。


 ソフィアちゃんに手を引かれる形で、私はそのオブジェに近付く。


 直径三メートル程の円の中央に一本の木が立っており、その頂点に向かって円の四方八方から電飾が伸び光の円錐えんすいを形成している。木の周りには電飾やクリスマスツリー型の電灯が無数に散りばめられていて、更に円内を明るくいろどっていた。


「この辺かしら?」


 人のいない場所を見つけ、ソフィアちゃんが立ち止まる。

 結果、私の足も止まった。


「いお、スマホ貸して」


 繋がれていた手がするりとほどけ、代わりに手の平がこちらに向けて差し出される。


「あ、うん」


 その手に私は、取り出したスマホを乗せる。


「ありがとう」


 慣れた手付きでソフィアちゃんが、それを操作する。そして――


「準備はいい?」


 と突然自分の腕を私の腕にからませてくる。


 ……まぁ、いいけど。


「それじゃあ、撮るわよ。三、二、一、はい」


 カウントダウンの後、前方に伸ばされたソフィアちゃんの手の中で、スマホからカシャと音がした。


 二人でスマホをのぞき込み、今撮ったばかりの写真を確認する。


「うーん。悪くはないけど……」

「背景が切れちゃってる」


 ソフィアちゃんがにごした言葉の先を、私が引きぐ。


 自撮りぼうでもあればまだ違うのかもしれないが、生憎あいにく私達は所持をしていない。というか、そもそも持っていない。

 いや、この高さだと、自撮り棒を使っても全体をとらえるのは難しいか。


「もし良かったら撮ろうか?」


 ふいに声を掛けられ顔を上げると、目の前に秋元あきもとさんがいた。その少し後ろには松嶋まつしまさんの姿もある。二人共前回会った時より洒落た格好をしていた。クリスマスだからだろうか。


「ごめんなさい。私は止めたんだけど、さくらが声掛けるって聞かなくて」

「何よ。二人の姿見つけて、馬鹿みたいにテンション上げてたのはかえでの方でしょ」

「それとこれとは全然話別じゃない。大体、桜は普段から――」

「STOP」


 今にも顔を付け合わせそうな勢いの秋元さんと松嶋さんの間にソフィアちゃんが手を入れ、二人の言い合いを止める。


痴話ちわ喧嘩げんかなら余所よそでやってくれない。ここでやられると、ムードも何もあったものじゃなくなるし」

「「……」」


 ソフィアちゃんの冷めた言葉と視線に、秋元さんと松嶋さんが気まずそうにお互いの顔を見合わせる。


「ごめん」

「すみません」


 そして、それぞれ謝罪の言葉を口にした。


「ま、止めるんなら別にいいけど」

「うふふ」

「何?」


 突然笑い出した私の方に、ソフィアちゃんの顔が向く。


「いや、なんかその感じ、久しぶりに見たなって」


 最近は全体的に態度が軟化なんかしてきたので、こういう感じのソフィアちゃんを見る機会はなくなった。だから、なんというか、そう、なつかしかったのだ。


「変なの」


 とあきれたように言いつつも、照れているのか、ソフィアちゃんのほおは薄っすら赤らんでいるように見えた。


「で、どうする?」


 そんな中、ソフィアちゃんがスマホをこちらに向け、そう聞いてくる。


「え?」


 どうする? 何を? スマホを? ……あぁ。

 

「うん。お願いしようかな」


 つまり、秋元さんに写真を撮ってもらうためには、スマホを渡さないといけないけど、このスマホは私のだからソフィアちゃん一人の判断では頼めない。だから、ソフィアちゃんは私に「で、どうする?」と聞いてきたのだろう。


「秋元さん」

「はいっ」


 先程の影響がまだ残っているらしく、ソフィアちゃんの呼び掛けに対し、秋元さんが過剰かじょうな反応を示す。


「写真撮ってもらってもいいかしら」

「あ、うん。喜んで」


 ソフィアちゃんの苦笑交じりのその言葉で、ようやく秋元さんもいつもの調子に戻り笑顔を浮かべる。


 スマホを秋元さんに預け、私とソフィアちゃんは再びオブジェの前に並んで立つ。


「……なんか、二人固くない?」


 秋元さんに言われ、私はソフィアちゃんと顔を見合わせる。


 全くの他人ならまだしも知り合いの前でポーズを取るというのは、改めて考えるとやはり恥ずかしい。そのため、どうしても棒立ちのような姿勢になってしまう。


「ほら、さっきみたいに密着して」


 と言われても……。


「いお、覚悟決めるわよ」

「え?」


 言うが早いか、ソフィアちゃんが私の腰に手を回し、自身の方に引き寄せてくる。


 クラスメイトの前でこれは……。


「水瀬さん、視線こっちこっち」


 仕方ない。こうなったら、腹を括ろう。


 秋元さんの方に目をやると、私はとりあえず口角を上げそれっぽい表情を作る。


 笑顔になっているかは正直不明だが、これが今の私の精一杯。なので、今日のところはこれで勘弁かんべんしてもらいたい。


「いお」


 耳元でささやかれ、更に反対側の脇腹をでられる。


「ひゃん」


 思わず変な声が出た。

 しかし、なんとか声量は抑え、周囲の視線を集める事はかろうじて回避する。


「ソフィアちゃん」


 悪戯いたずらの犯人の顔を、うらめしげな声と共に見つめる。


 至近距離しきんきょりで、二人の視線がからみ合う。


「いお」

「な、何?」


 お互いの吐息といきが掛かるような近さで、私はソフィアちゃんが発する次の言葉を待つ。

 

「少しは力抜けた?」

「……は?」


 この距離、この雰囲気でそれ? 他にもっと言うべき事があるのでは?


 とはいえ――


「お陰様かげさまで」


 実際先程まで覚えていた変な緊張感はすっかりどこかに行ってしまった。


 そういう意味では、方法はどうあれ私はソフィアちゃんに感謝すべきなのだろうか? うーん……。


「あのー、お二人さん」


 横から聞こえてきた声に、私とソフィアちゃんは同時にそちらを向く。


「イチャイチャするのはいいけど、私の存在忘れてない?」

「「……全然」」

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