第6話(2) イルミネーション

 カップに口を付ける。


 クリームの甘さに後からコーヒーの苦味が加わり、途端口の中いっぱいに甘苦さが広がった。ミルクを加えた時とは、また違った美味しさがウィンナーコーヒーにはあった。


「一口ちょうだい」

「ん」


 カップをお皿の上に戻し、お皿毎ソフィアちゃんの方に少しだけ押す。


「ありがとう」


 そう言って、ソフィアちゃんがカップを手に取り、口に運ぶ。


「甘っ……」


 どうやら、想像した味ではなかったらしい。


「でも、まぁ、これはこれで」


 しかし、口に合わなかったというわけではないようで、カップをお皿の上に返しながらそんな事を言う。


「やっぱクリスマスだからかな、こんなに混んでるの」


 平常時の混雑具合は知らないが、土曜日の夕方に席が八割以上埋まっている状況というのは結構な事なのではないだろうか。


「かもね。もうすぐイルミネーションの時間だし、私達と同じ考えの人もこの中にはいるんじゃない」


 仕切りがあるので反対側の席までは確認出来ないが、少なくとも右側の席に座る人々は二人組が多いように思える。その中の大半は、カップルあるいは友達同士でイルミネーションを見に来たと考えても良さそうだ。


「でも、なんで喫茶店?」

「ん?」


 私の質問の意味が理解出来なかったのか、ソフィアちゃんが小首をかしげる。


「あー。つまり、駅で待ち合わせしてそのまま直行でも良かったわけじゃない? なのに、なんでかなって」


 唐突とうとつ過ぎた自分の質問に反省しつつ、今度はちゃんと順序立てて質問をする。


 集合時間を変更した時は特に疑問に思わずスルーしてしまったが、よくよく考えればそこにはなんらかの意図があるはすだ。


「待ち合わせからイルミネーションまで、ワンクッション欲しかったってのもあるけど――」


 確かに、当初の集合時間を基準に集まった場合、二人が駅に揃うのはイルミネーションが始まる五分前で、少し慌ただしい感はある。しかし仮にそれだけが理由なら、集合時間を早めれば問題は解決する。一本電車を早めるだけでも、二十分の猶予ゆうよが生まれるわけだし。だけど、ソフィアちゃんはそんな提案はしなかった。という事は、他にも何かイルミネーションの前に喫茶店に寄った方がいい理由が、ソフィアちゃんの中にありそうだ。


「ムードって大事だと思うの」

「あ、うん。そうだね」


 全く持ってその通りだ。特に今日みたいな日には必須の代物だろう。


「イルミネーションが点くのを今か今かとその場で待つのもいいけど、私はそれより、こうしてのんびり雑談でもしながらそれまでの時間を過ごした方が、見た時の感動が高まると思うの」

「……」


 まさかソフィアちゃんが、そこまで深く考えてくれていたとは……。私なんて、クリスマスにイルミネーションを一緒に見たらロマンチックだろうなくらいの事しか考えておらず、イルミネーションに至る過程等頭に浮かんですらなかった。


 さすがソフィアちゃん。私の自慢の彼女だ。


「何よ」


 私が黙り込んだ事を悪い風にとらえたのか、ソフィアちゃんがねたように口をとがらせる。


「ううん。ありがとう」

「いや別に、私がそっちの方がいいと思っただけで、いおにお礼を言われる必要は……」

「それでも、ありがとう」

「……じゃあ、どういたしまして」


 そう言うとソフィアちゃんは、照れを隠すようにアメリカンの入ったカップを口に運んだ。そして――


「熱っ」


 すぐに口から離す。


 慌てて飲んだため冷ますのを忘れたのだろう。可愛い。


「……いおは、ここのイルミネーション見た事はあるの?」


 今起きた事を誤魔化すように、ソフィアちゃんがそう私に話を振ってくる。


「うーん。目にした事はあると思うけど、見ようと思って見た事はないから、あまり記憶には残ってない、かな」


 思わずゆるみそうになる口元をなんとか抑え、私はソフィアちゃんの質問に真面目に答える。


「まぁ確かに、私もイルミネーションを真剣に見た記憶は……街中のはない、はず。テーマパークのやつは、なんか薄っすら記憶にあるけど」


 私も似たような感じだ。というか――


「そもそも中学の時って、暗くなる前に家に帰らないといけなかったから、冬のこの時間はあまり外にいなかったと思う」


 いても家族と一緒で、ゆっくり外の様子をながめる時間はなかったはずだ。あって車の中からなんとなく見たぐらい? 私に限らず、中学生は大抵がそんな感じだろう。


「楽しみね」


 そう言って、ソフィアちゃんが微笑む。


「うん」


 それに対し私は、頷き、口元に笑みを浮かべる。


 本当に楽しみだ。イルミネーションそのものもそうだが、二人で見られる事が何より……。

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