第6話(1) イルミネーション

 土曜日。私は切峰駅の構内で、一人ソフィアちゃんを待っていた。


 周りには、私と同じように待ち合わせをしている人がちらほら見受けられる。その数は、なんとなくいつもより多く見えた。クリスマスだからだろうか。


 この後周辺をぶらつくという事で、荷物はコインロッカーにあずけてきた。

 持ち運ぶ事も考えたが、可能不可能の前にクリスマスの雰囲気に合わないだろうと思い、結局止めた。


 スマホを触りながら、時間をつぶす。


 待つ事数分。改札の向こうにソフィアちゃんの姿が現れた。

 その格好かっこうはクリスマスを意識してか、どことなく洒落しゃれた物に見えた。


 上はベージュのニット、下は緑をベースに赤と黄色のチェックがらの入ったクリスマスカラーの膝下ひざしたたけのスカート、靴下くつしたは短く、足がそれなりに出ていた。その上から今は、ロング丈のモカブラウンのチェスターコートを羽織はおっている。


 ソフィアちゃんがこちらに気付き、ややひかえめに手を振る。

 私もそれに、手を振り返す事でこたえる。


 程なくして改札をくぐったソフィアちゃんが、私の元にやってきた。


「お待たせ」

「ううん。今来たとこ」


 私がここに来たのは、荷物を預けに行った事もあって三分程前。本当に、そんなに待ってはいない。


「……」


 目の前に立ったソフィアちゃんが、私の姿を下から上へなめ回すように見る。


 今日の私の格好は、えり付きのワインレッドのワンピース。腰の部分は同じ色のベルトで締まっており、キュッとしている。

 ちなみに、羽織っているコートは、ソフィアちゃんとおそろいで買った物だ。


 一応、私もクリスマスを意識したよそおいにしてきた、つもりだ。


「何?」

「いや、可愛いなと思って。もしかして、私へのクリスマスプレゼントだったり?」

「バカ……」


 小声でそう言い、私は一人で出入り口に向かって歩き出す。

 その隣にすぐにソフィアちゃんが並ぶ。


「いお、荷物は?」

「コインロッカー。かさ張るから」

「あぁ。じゃあ、帰りに忘れず取りに行かなくちゃね」

「うん」


 階段をくだり、ロータリーに降り立つ。


 そういう目で見ているせいか、ここもまたいつもより人が多い気がする。後、車の数も。


「クリスマスって感じよね」


 同じ事を考えていたのか、ソフィアちゃんが辺りに目をやり、そんな風につぶやく。


「日本の、ね」


 それに対し私は、同じく呟くようにそう付け加える。


「確かに」


 私の言葉に、ソフィアちゃんは可笑おかしそうに笑う。


 日本のクリスマスは、本来の元とかけ離れているかもしれない。けれど、日本人からしてみればこれがクリスマスであり、これが日本なのだ。私はそんなところも含めて、日本のクリスマスが嫌いではなかった。


 その喫茶店は、駅から歩いて二分程の所にあった。

 ヨネダ珈琲こーひー店。この地方発祥の全国に店舗てんぽを構える有名な喫茶店だ。特にメニューの写真と実物がいい意味で乖離かいりしたスイーツの数々は、そのインパクトも伴ってSNSを中心に一時期話題となっていた。


 ログハウスのような外観の店舗の扉を開く。


 ドアベルが鳴り、女性の店員さんが店に入ってきた私達の方を向く。


「いらっしゃいませ、お好きなお席にどうぞ」


 店内は人がれ違えるくらいの通路を中心に、左右にはっきり分かれている。左に行くべきか右に行くべきか、それが問題だ。


「何してるの? 行くわよ」


 私の躊躇ちゅうちょ見兼みかねて、ソフィアちゃんが我先にと右に進む。

 別にどちらでも良かった私は、その背中に大人しく付いていく。


 窓側のボックス席にソフィアちゃんが座ったため、私はテーブルをはさんで向かい側の席に腰を下ろす。

 二人共、脱いだコートはたたんでわきに置いた。


 メニューを開く間もなく先程の店員さんがやってきて、お盆に乗せて持って来たおひやとおしぼりをそれぞれの前に置く。


「ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでおしらせください」


 そう言うと店員さんは、一礼の後、再びレジカウンターの方へ戻っていった。


「何にする?」

「え? あー。どうしよう」


 ソフィアちゃんに聞かれ、私はメニューを開く。


 この後晩御飯も待っている事だし、注文は飲み物だけでいいだろう。問題はその飲み物を何にするかだが……。よし。これにしよう。


「決まった?」


 顔を上げると、ソフィアちゃんがまるで待ち構えていたかのように、そう私に尋ねてきた。


「うん」

「じゃあ、ボタン押すわね」


 ソフィアちゃんがボタンを押すと、すぐに店員さんがやってきた。


「お待たせしました。ご注文お決まりでしょうか?」

「私はアメリカンを。いおは?」

「えっと、私はウィンナーコーヒーを」

「アメリカンお一つとウィンナーコーヒーお一つですね。少々お待ちください」


 一礼の後、店員さんが私達の元を去る。


「ウィンナーコーヒーってアレよね。クリームの入った」

「そう。たまにはいいかなって」


 普段頼む事はないが、なんとなく今日はそういう気分だったのだ。


 このタイミングで私達はお絞りで手をき、お冷でのどうるおす。冷えた水は冬には不釣り合いながらも、適度に温まった店内ではその評価は一変する。

 とはいえ、大量に飲んだらさすがに体が冷えるだろうから、やはり注文は温かい飲み物で正解だろう。

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