第4話(1) 初給料

「菊池先輩は初給料って何に使いました?」


 日曜日。せずして休憩室きゅうけいしつで二人きりになったので、私は思い切って菊池先輩にそんな事を聞いてみた。


 私達は現在、テーブルを挟んで向かい合う形で座っている。

 先程まで女の先輩がもう一人いたのだが、今は煙草たばこを吸いに外に出ている。建物内は、全室禁煙らしい。煙草を吸わない身としては、その方が助かるし有りがたい。


「何、急に? あー。水瀬さん初給料か。おめでとう」

「ありがとうございます」


 正確には給料が振り込まれたのは一昨日なのだが、私はその事に気付いたのはほんのついさっき、店長から給与明細を手渡された時だった。


「初給料……。なつかしいわね。三年前? 私もそれだけ年を取ったって事か」


 年を取ったという表現は、さすがに先輩方、特にお姉様方に怒られそう……。周りに人がいなくて良かった。


「私はね、両親におそろいのマグカップおくったかな。後、恋人にはネクタイピン。ほら、それなら、仕事中も常に一緒にいられるでしょ」

「ネクタイピン……」


 もしかして、アレの事? だとしたら、やっぱり……。


「まぁ、あくまでも私がやった事、だから、水瀬さんは別に真似まねしなくてもいいけどね。折角の初給料なんだし、思う存分ぞんぶん水瀬さんの好き勝手に使ったら? あ、でも、高校生にン万円は大金だと思うから、使う時は計画的に、ね」


 そう言うと菊池先輩は、私に向かってウィンクをしてみせた。


 かわかっこいい。


 それはそれとして、両親と恋人にプレゼントはいい案なので採用させてもらおう。問題は何を贈るか、だが……。


 とりあえず、帰りにデパートに寄るとしよう。何か良さげな物があればそこで買えばいいし、無ければまた考えればいい。予算は全部で一万円以内といったところか。こういう時の相場は分からないが、高過ぎず安過ぎず、一人辺り数千円が妥当、なのではないだろうか。菊池先輩の贈ったというマグカップやネクタイピンも、値段はピンからキリまであるとはいえ、大体千円から五千円までの物が一般的な気がするし。


「なんでネクタイピンだったんですか?」

「え? うーん。常に身に付ける物、だから? ほら、それを見る度触る度に、自分の事を思い出してもらえそうじゃん? それに、自分が贈った物を身に付けてもらえるって、なんか、こう、良くない?」


 その気持ちは分かる。


 私も今までソフィアちゃんには、髪飾りと指輪を贈ってきた。いや、どちらも言い出しっぺはソフィアちゃんの方で、尚且なおかつ贈り合った形ではあるのだが、それでも贈った方贈られた方の気持ちは両方共感じてきた。


 なら、私も――


「何? 恋人に贈るの?」

「いや、前にも言いましたけど、私に彼氏は……」

「彼氏は、いないんでしょ?」

「……」


 前回のやり取りで私の物言いにおかしなところはなかったはずだが、どこで勘付かんづかれたのだろう?


「私の友達にもいたから、そういう子。別に私は変だと思わないし、全然話聞くし」


 これは、誤魔化ごまかせないな。


「実は……」

「どんな子なの?」

「めちゃくちゃ可愛い子です。容姿も性格も。見た目は、見たらビックリすると思います」

「えー。そんな風に言われると気になるなー。写真ないの?」

「機会があればその内」


 菊池先輩を信用していないわけではないが、知り合ってひと月足らずで写真を見せるのはさすがに早い気がする。


「うん。楽しみにしとく」


 私の断りの言葉を特に気にした様子もなく、菊池先輩がそう言って微笑む。


「で、何贈るつもりなの?」

「シュシュは髪長くないんでダメなんで、ヘアピン、とか?」

「おー。いいんじゃない、ヘアピン。普段使い出来るし、贈り物として重くないし」


 菊池先輩からの賛同を得て、俄然がぜん自信が出てきた。


 よし。ヘアピンで行こう。


 ソフィアちゃんに似合うヘアピン、どんなだろう? 地味なのよりは、多少派手な物の方が贈り物としても良さそうだ。とはいえ、派手過ぎるのも……。


「おーい。水瀬さん」

「え? あ、すみません。少し考え事をしてました」


 菊池先輩に声を掛けられ、私は我に返る。


 いけないいけない。バイト先の先輩を前に考え事とは……。しっかりしなければ。


「それだけ、水瀬さんにとって大切な人って事でしょ?」

「まー。そう、ですね」


 優しい笑みをたずさえる菊池先輩に、私は正直にそんな風に返す。


 ここでうそいたり誤魔化したりしても仕方ない。


「水瀬さんの想い人、どんな子なのか益々ますます気になるわね」

「……」


 なんだか菊池先輩の中で、私の恋人に対する期待がドンドン上がっていってしまっている気もするが、それを悠々ゆうゆう乗り越えられるポテンシャルをソフィアちゃんは持っているので大丈夫だろう。

 なんて言っても、私の恋人は世界一可愛く綺麗きれいなのだから。

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