第3話(2) 噂

「お待たせー」


 昇降口を出た所で待っていたソフィアちゃんに、私はそう声を掛ける。


「お疲れ様。帰りましょ」

「うん」


 肩を並べ、二人で正門へと向かう。


 ただ敷地の外に出るだけなら、実は裏門に向かった方が近い。しかし、ソフィアちゃんのウチはどちらかと言うと正門寄りの方角にあるので、そちらに行くのであれば裏門より正門から出た方が遠回りせずに済む。


 ちなみに、駅に行く時は裏門から出た方がいい。なぜなら、駅の出入り口は、方角的に学校のちょうど真ん中辺りに位置するからだ。


「ソフィアちゃんは、周りに隠れて付き合うのってどんな時だと思う?」

「何急に?」


 私の質問に、ソフィアちゃんがいぶかしげな表情を浮かべる。


「いや、一般論として、さ」

「私達だって、別にオープンに付き合ってるわけじゃないわよね。まぁ、隠してるわけでもないけど」

「そっか……」


 言われてみればその通りだ。


「大体そんなの、例を挙げ出したらキリがないじゃない。単に冷やかされるのが嫌とか、相手が凄い年上だからとか、同性だからとか、血縁だからとか、立場があるからとか」

「教師とか?」

「そう。教師とか」


 教師と生徒。フィクションの世界では割とよくあるシチュエーションだ。

 なんとなくのイメージだが、男性教諭と女生徒の組み合わせの方が主流というか多い気がする。しかも、逆のバージョンは大抵悲恋に終わるような……。


「実際、どうなんだろう?」


 と私は、呟くように口にする。


「上手く行くかどうかって事? うーん。人それぞれ、と言いたいところだけど、確率は低いでしょうね。上手く行く行かない以前に、バレたら問題だろうし」

「そっか……」


 バレたら問題。だからこそ、隠れて付き合う、のだろう。


「もしかして、知り合いにいるとかそんな話?」

「現在進行形ではないけどね」


 いや、確証はないため本当は断定してはいけないのだが、菊池先輩と璃音先輩の話を組み合わせるとどうしても思考はそこに行き着く。


「なるほど……。で、まだ続いてるの?」

「みたい」

「ワォ」


 私の言葉に、ソフィアちゃんが似非えせ外国人のような反応を見せる。


 ソフィアちゃんがそれをすると、なんだか妙な違和感のようなものを覚える。本当は上手く出来るものをあえて下手にやっているように見えるから、だろうか。後は発音、とか?


「まぁ、節度のある付き合いさえしてれば、悪い事ではないからね。在籍中は手を出さないとか、外では会わないとか」

「もしそうなら、凄い忍耐力だよね、二人共」


 自分が同じ立場だったらと考えると……とてもではないが耐えられそうにない。


「ねぇー。好きな人とは二人で過ごしたいし、触れ合いたいわよね」


 そう言ってソフィアちゃんが私の右手に、自身の左手をくっつけてくる。

 私はそれに対し、小指を瞬間絡める事で答えた。


 学校を出て住宅街を歩く。


 近くに生徒の姿は見受けられるが、その数は非常に少ない。


 帰りのホームルームが終わってすでに数十分経っている事もその理由の一つだが、そもそも正門から出る生徒の方がウチの学校の場合少数派なのだ。

 まぁ、電車通学者が多いので、それも当然と言えば当然、なのだが。


「今日の晩御飯何にする?」

「うーん。ハンバーグ」


 少し考えた末に、私はそう答える。


「ハンバーグか……。材料あったかしら?」

「あー。ひき肉は買って帰らないとないかな。日持ちするものじゃないから、買ったらすぐ使っちゃうし」


 他の材料は確かまだあったはず。


「じゃあ、スーパーに寄っていきましょうか」

「うん。あ、もうすぐ牛乳もなくなりそうだから、それも買わなきゃ」


 ハンバーグに使う分ぐらいは十分あるが、あって困るものではないので買っておいて損はないだろう。


「もう私よりいおの方が、ウチの事詳しいんじゃない?」

「あれだけ家に行ってたら、嫌でも覚えるわよ」


 平均したら週に三日、更に毎週末泊まりに行っているとなれば、意識しなくても自然と覚えてしまう。


「じゃあ、その辺はいおに任せるとして……」

「おい」


 言いながら私は、ソフィアちゃんにツッコみを入れる。


 いや、まぁ、別にいいんだけど。一応、お約束、みたいな? とにかくそんな感じだ。


「そろそろいいかなって」


 そう言って、ソフィアちゃんが自身の左手を私の右手に絡め握ってくる。


 いわゆる、恋人握りというやつだ。


 さり気なく辺りを見渡す。


 確かに、周辺には生徒の姿はおろか人の気配すらない。別に悪い事をしているわけではないが、やはり周囲の目は気になる。


「いおの作るハンバーグ楽しみだなー」


 繋いだ手を軽く揺らして、ソフィアちゃんがふいにそんな事を言う。


「ソフィアちゃんも作るんだからね」


 まるで他人事ひとごとのようなその台詞に、私は思わず釘を刺す。


「分かってるわよ。いおの分はちゃんと私が作るから。愛情マシマシで、ね」


 料理はそのものの美味おいしさもあるが、誰が作るかで味が変わってくる。

 ソフィアちゃんが私のために作ってくれる料理。しかも、ハンバーグ。私は早くも勝利を確信した。


 作る工程をふくめて、今から晩御飯が楽しみだ。

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