第2話(1) 体育

 体育の山城やましろ先生はガタイがいい。背も高く筋肉質な体をしているため、一見すると教師というより柔道家か何かのようだ。


 その見た目から、付いたあだ名はゴリせん。ゴリラの先生でゴリ先。うん。まんまだ。

 まぁ、ゴリラの付いたネクタイピンをしているところを見るに、本人も似ている事それ自体はむしろ気に入っているようで、その様子はいっそどこか自慢げですらあった。


 今日の体育はバスケットボール。第一アリーナ――体育館の半分を使って試合が行われる。


 体育館を二つに分けるネットのこちら側にいるのは、クラスの女子総勢十四名。それを適当に半分に分けて、七対七にし、その中の五人ずつが試合に出場する感じだ。


 と言っても、勝ち負けが成績に加味される事はないので、ガチで勝ちに行くわけではなく、適度に真面目まじめに行おうというスタンスな生徒の方が多い。


 一試合の時間は五分、それを三分の休憩きゅうけいを挟んで四セット行う。選手の交代は基本試合と試合の間だが、もちろん疲れたりアクシデントがあったりしたらその限りではない。


 私はソフィアちゃんと共に、秋元あきもとさんのグループがいるチームに入る事となった。まぁ、この五人とは少なからず面識があるし、やりやすいかやりにくいかで言ったら断然前者だろう。


「わーい。一緒一緒」


 と木野きのさんがうれしそうにこちらに両手を出してきたため、礼儀として私も両手を出し、手をにぎり合う。


「よろしくね、木野さん」

「水瀬さんと早坂はやさかさんがいたら、もう百万人力だよ」

「それを言うなら、百人力でしょ。なんか違うの混ざってるから」


 木野さんの造語なのかよく分からない言葉に、秋元さんが背後からツッコみを入れる。


「あれ? そうだっけ?」


 どうやら、狙って言ったわけではなく、素で間違えていたらしい。


 木野さんの意識が秋元さんに移った事で両手が解放された私は、さり気なく会話をする二人から二歩三歩距離を取る。


 苦手というわけではないが、木野さんの勢いにはついつい圧倒されてしまう。


「ん?」


 ふいに左手に何かが触れる感触を覚え、そちらを見る。


 私の左手に触れていた物、それはソフィアちゃんの右手だった。手の甲同士がピタリと寄りうように触れ合っている。


 ……まぁ、いいか。


「ソフィアちゃんはバスケ得意?」


 手については特に触れず、そう私はソフィアちゃんに話を振る。


「別に、普通?」


 という事は、それなりに上手じょうず、と。


 ソフィアちゃんの場合、一般人と評価基準が違うから、自己評価をそのまま鵜呑うのみにする事は出来ない。


「そういういおはどうなのよ」

「私? 私は……得意ではないかな」


 普通と言おうと思ったが、それではソフィアちゃんと同じ意味に聞こえてしまうので、すんでのところで止めた。


「苦手、ではないのね。じゃあ、問題なさそう」

「……」


 確かに、問題はないのかもしれないが、あまり期待をされても困る。私の運動神経は決して悪い方ではないけれど、こと球技に関しては人並みかそれ以下まで下がるのだから。


 コート中央で、上重かみしげさんと藤堂とうどうさんが向き合う。二人の真ん中にはゴリ先――もとい、山城先生が立っている。その手にはボールが持たれていた。


 私とソフィアちゃんは先発。二人共コートに立っている。

 外れたのは、高城たかしろさんと桧山ひやまさんの二人。今は舞台下に腰掛け、試合を見守っている。


 山城先生がボールを上に放る。それに向かって、上重さんと藤堂さんがぶ。身長の差もあって、上重さんが先にボールに触れた。


 ボールは床をワンバウンドし、相手チームの松嶋まつしまさんに渡る。松嶋さんがドリブルで前進、センターラインを超えてくる。そこにすぐさま木野さんが付く。


 あらかじめマークする相手は決めてある。ちなみに、私のマーク対象は田辺たなべさん。メンバー変更があった場合は即時判断、臨機応変に対応する感じだ。


 松嶋さんの足が止まり、ボールは上重さんに渡る。そのマークに付いているのは、ソフィアちゃん。間違いなく、チームのエースはこの二人だろう。


 上重さんがその場でボールを付きながら様子をうかがう。そして、その視線がちらりと滝本たきもとさんの方を向いた。


 瞬間、私の体が動く。


 滝本さんに出されたパスを途中でカットする。私がではなく、ソフィアちゃんが。


 それを見越していた私は、田辺さんのマークを外しすでにセンターラインを越えていた。


 ドリブルでソフィアちゃんがゴール前に切り込む。その進行をはばもうと、後ろに残っていた文化部の斎藤さいとうさんがソフィアちゃんの前に立つ。


 ソフィアちゃんがにやりと笑う。


 こう言ってはなんだが、斎藤さんはへっぴり腰、抜くのは容易よういだろう。だけど、ソフィアちゃんはそれを選択しなかった。なぜなら、私がゴール前にいたから。しかも、フリーで。


 ノールックでボールがこちらに飛んでくる。


 受け取ると同時に、私はシュートモーションに入る。右ひじを閉めて、ひざを使って、ボールを高く、手首を使ってえがくように、放つ。


 数秒後、スポッという音がして、ボールがゴールを通過する。


 スリーポイントシュート。早くも三点先制だ。


「やった……」


 入った。ドフリーで、尚且なおかはなから構えていた所に来たのを打っただけだけど。


 ソフィアちゃんと目が合う。

 ナイスと口の動きだけで言われた。


 それに対し私は、笑顔で親指を立てるのだった。

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