第1話(2) バイト

 などと思考を働かせたものの、積極的に情報を仕入れる気はさらさらなく、あくまで小林こばやし先輩にたまたま遭遇したらその時に話を聞こうかなくらいのスタンスだった。そのため、こちらから特に何かをする事もなく……。


 いつものように電車に揺られ、学校に向かう。

 車両から一斉にき出される生徒の波に乗って、私も改札を通過、駅を後にする。


 すると、目の前に金髪碧眼へきがんの美少女が現れた。


 道路を挟んだ向こう側にある駄菓子屋のわきに、まるで誰かを待つように物憂ものうげな表情を浮かべ立つ美少女。

 見慣れた存在だというのに、駅から出てきた生徒達は一様にその姿に目を奪われる。


 それもそのはず、彼女は綺麗きれいな顔立ちと整ったスタイルに加え、一目で異国の血が混ざっていると分かる風貌をしており、どうしても衆人しゅうじんの注目を集めるやすい。


「おはよう」


 そんな彼女に声を掛ける猛者がここに一人。何を隠そう私だ。


 もちろん、捨てばちになったわけでも頭のネジが外れているわけでもない。単純に彼女と私に面識があるという、ただそれだけの事だ。


「おはよう」


 私に挨拶あいさつを返し、美少女――ソフィアちゃんが微笑ほほえむ。


 ソフィアちゃんは、五月の途中に私のクラスに転校してきたクラスメイトだ。それまでぼっちだった私と人付き合いを避けてきたソフィアちゃんは状況が似ており、その事もあって一緒に昼食を取るようになった。そこからなんやかんやあって友達になった後、紆余曲折うよきょくせつて私達の関係は恋人へとクラスアップ、晴れてお付き合いをする事と相成あいなった。


「どうかした?」


 近くに寄ってくるなりぼっと自身の顔を見つめる私に、ソフィアちゃんが不思議そうな声と顔でそうたずねる。


「いや、ソフィアちゃんは今日も可愛いなと思って」

「何それ」


 私の心からの言葉に対し、ソフィアちゃんがまるでつまらない冗談を聞いた時のような反応を示す。


「本心なのに……」

馬鹿ばかな事言ってないで行くわよ」


 言うが早いか、ソフィアちゃんは私を置いて一人で学校のある方に歩いて行ってしまう。


 その背中を私は慌てて追い掛け、そして隣に並ぶ。


「バイトはどう? そろそろ慣れた?」

「うーん。雰囲気には? 仕事はまだまだ先輩任せなところあるから」


 昨日もラッピングに手こずり、菊池先輩に少し助けてもらった。


「落ち着いたら言ってね。見に行くから」

「あはは。いつになる事やら」


 ただ一つ確かな事は、今ソフィアちゃんにバイト先に来られたらまず間違いなく私はテンパるしミスを連発する。一ケ月のバイト代をけてもいい。そのくらい私には、テンパる自信があった。


「店員さんにおすすめの本とか聞いてもいいのかしら?」

漠然ばくぜんとしたものじゃなくて、ある程度方向性が決まっていればまぁ……。てか、聞くなら今聞けばいいじゃない」


 いつでも聞けるのに、わざわざバイト中に聞く意味が分からない。


「それとこれとは話が別というか、仕事中のいおに絡みたいのよ」


 なんだそれ。慣れない内は迷惑以外の何物でもないので、絶対に止めてもらいたい。


「ねぇ」


 と私はソフィアちゃんに呼び掛ける。


「ん?」

「ソフィアちゃんはバイトしないの?」

「私? 私はいいかな。切羽せっぱまってるわけでもないし」


 いや、まぁ、それはそうなんだけど……。


「それに、私までバイト始めちゃったら、いおと会える日が更に減っちゃうじゃない」

「……」


 ソフィアちゃんはズルい。さらっとそんな事を、さもなんでもない事のように言うなんて。


「いお?」


 ふいに黙り込んだ私の顔を、ソフィアちゃんがいぶかしげな表情を浮かべ下からのぞき込む。


「あ、ごめん。ちょっとソフィアちゃんが可愛過ぎて放心してた」

「バカ……」


 そう言うと、ソフィアちゃんはふんっとそっぽを向いた。おそらく、照れた顔を私に見られたくなったかのだろう。ホント可愛い。


「最近はずっと一緒にいたもんね」


 ここ数週間の事を思い返し、私はそうつぶやくように言う。

 平日の放課後は、基本的にはどこかお店に行くかソフィアちゃんの家に行くかの二択。土曜日は、金曜日にソフィアちゃんの家に泊まったその流れで半日以上は一緒に過ごし、唯一ゆいいつ会う事が確定していない日曜日も予定があれば当然顔を合わせる。……改めて考えたら、めちゃくちゃ会っているな、私達。


「私は、足りないくらいだけど?」

「えー。これ以上って言ったら、それこそ――」


 もう一緒に住むしか……。


「楽しみね」

「え?」


 なんの事か分からず、私はソフィアちゃんの言葉に対し疑問の声を返す。


同棲どうせい

「――ッ」


 いや、恋人同士で一緒に住むからその表現は間違っていないんだけど、改めてそう言われるとなんか途端とたんに生々しくなるというかなんというか……。


「まだ先の話でしょ」


 自分の中にき上がる気恥ずかしさから逃げるように、私はあえてそう強めの口調で告げる。


 とはいえ、まだ先の話なのは間違いないので、私の言い分になんらおかしなところはない。むしろ、私の方が正しいまである。


「かもね」


 しかしソフィアちゃんは、そんな私の心境なんて全てお見通しとばかりに、特に気にした様子もなく楽しげに前を向いて笑うのだった。

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