第一章 想いを形に

第1話(1) バイト

 バイトを始めておよそ|ひと月がった。

 ようやくバイトのある生活にも慣れ、わずかながら余裕も出てきた。


 基本私のシフトは日・火・木。金・土だけ休みの希望を出した結果こうなった。連続する部分がないのは、店長から新人への配慮だろうか。なんにせよ、最初の内は助かる。


 まだまだミスはするが、慌てる事は少なくなってきた。落ち着いてやれば大抵の事はなんとかなる。まぁ、そのなんとかには、先輩に丸投げするというのも含まれているが。


水瀬みなせさんって彼氏いるの?」


 木曜日。更衣室で帰り支度じたくをしていると、同じくこれから帰宅予定の菊池きくち先輩がそう声を掛けてきた。


 菊池先輩――菊池榛香はるかさんは大学一年生。ここのバイトは高校入学直後から始めたらしく、もう四年目だという。そういう事情もあって、入り立ての私にも積極的に話し掛けてきてくれる。性格は明るく気さく。本当はどうか分からないが、悩みなんてないんじゃないかと思えてしまう程いつも元気だ。


 髪は金髪ショート。整った顔立ちと無数のピアスも相まって、その風貌ふうぼうはどこかロッカー(※目の前にあるそれではなく、ロックを演奏する人という意味の方。今いる場所が場所なので、念のため)を彷彿ほうふつとさせる。

 身長は私よりやや高い程度。百六十の後半といったところだろう。真面目まじめな顔をしていると格好かっこういいが、一度話し出すと表情がコロコロ変わって可愛かわいらしく見える。

 そういう意味では、少しソフィアちゃんに似ているかも。顔立ちは全然似ていないが。


「いないです。いた試しもありません」


 菊池先輩の質問に答えながら私は、いだエプロンをバックにしまう。そして、ロッカーから貴重品を取り、扉を閉めた。


「えー。水瀬さん可愛いからモテそうなのに意外」

「ははは……」


 菊池先輩の言葉に、思わず苦笑がれる。


 根拠のない賞賛しょうさんは時に人を傷つける。それを陽キャは理解すべきだ。


「そういう菊池先輩はどうなんですか?」


 別に人の恋路こいじに興味はなかったが、一応礼儀としてこちらも同じ質問を返す。


「私? 私はね……いるよ」

「え? あ、へー」


 なんだ、私の話に格好付けて自分の話を聞いてもらいたかっただけか。だとしたら、むしろ好都合。このまま話を合わせて、菊池先輩に気持ちよくしゃべってもらおう。変にこちらの話を引き出そうとされるよりかは、惚気のろけ話を聞かされた方が何倍もマシだ。


「どんな人なんですか?」


 なので私は、積極的に菊池先輩の話に乗っかる。


「いわゆるイケメンではないかな。でも、男らしくて頼りになる、みたいな?」

「へー」


 菊池先輩が嬉々ききとして語る相手。少し気になるかも。


「写真とかは?」

「あー。そういうの、嫌いな人だから」

「そう、なんですね」


 私も写真は好きな方ではないので、気持ちは分かる。まぁ、誰かさんのおかげで、最近はそれも少しやわらぎつつあるが。


 菊池先輩を待って、二人で更衣室を後にする。そしてそのまま、一緒に廊下ろうかを歩く。

 向かう先はお店の裏口。従業員はそこから出入りをしている。


「彼氏さんとはどこで知り合ったんですか?」

「高校」

「同級生」

「んにゃ、年上」


 て事は、先輩か。


 先輩。いい響きだ。漫画やアニメで主人公が年下の女の子からそう呼ばれているのを見ると、思わずキュンと来てしまう。とはいえ、私は別段年下好きというわけではない。年上、同い年、なんでもこざれのオールマイティーだ。


「いいですね。同じ学校に恋人がいるって」


 まぁ、私も実はそうなのだが、ここではあえてそれを脇に置かせてもらう。


「あー。けど、私達隠れて付き合ってたから」

「え? 隠れて……?」


 何か事情があったのだろうか。あるいは、単に冷やかせるのが嫌だったとか? 気になるけど、深追いは良くない。この場は聞き流そう。


「付き合い始めたきっかけはなんだったんですか?」

「私から告白してそれで」

「へー」


 まぁ、菊池先輩なら、告白されるよりする方がしょうに合ってそうではあるが……。


「告白したら、即OKって感じですか?」

「いや、何度も断られて……十回近くはしたかな。結局、向こうが根負けして」


 当時の事を思い出したのか、菊池先輩が苦笑を漏らす。


「え? 菊池先輩でも断られる事あるんですね」


 意外というか、なんというか。


「そりゃあるよ。私をなんだと思ってるの?」


 冗談めかした口調でそう言いながら、菊池先輩が笑う。


「すみません。そんな姿、想像出来なくて」


 美人で明るい菊池先輩からの告白を、何度も断る猛者もさがこの世界にいるとは……。一体どんな人なんだろう。俄然がぜん気になってきた。


 そう言えば、菊池先輩は私の通う高校の出身者と聞いている。(その事もあって、打ちけるのが速かった)もしかしたら、菊池先輩の事を知っている人間が、在校生の中にいるかも。とはいえ、私が話し掛けられる在校生の先輩と言ったら……。

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