第22話(1) 幸せ

 竜谷りゅうこく公園。それが私とソフィアちゃんが初めて会った場所だ。


 駐車場わきの出入り口から園内に入る。


 真っ直ぐ伸びた道の先にはてい字路ならぬY字路があり、右に行くと園外に、左に行くと園内の更に奥に進む事となる。


 当然私達は左を選択。その先の道も進み、池へと辿たどり着く。


「ホント、大きいわね」


 さくの前に立ち、ソフィアちゃんが池を見つめてそう呟くように言う。


掃除そうじが大変そう」

「この池も、水を抜いて掃除したりするのかしら?」

「するんじゃない? さすがにずっと放置って事はないでしょ」


 池は何もしなければ汚れる一方なので、定期的な整備が必要だ。生き物を一時保護し、水を抜き、底にまったどろ等の堆積物たいせきぶつをすくい、また水と生き物を元に戻す。テレビでこの光景を何度か目にした事があるが、なかなか骨が折れそうな作業だった。少なくとも、私は参加したくない。


「コイって、何か落とすとエサだと思って集まってくるのよね」

「……」

「やらないわよ」


 私の反応に、ソフィアちゃんが心外と言わんばかりの表情でこちらを見る。


「何も言ってないけど?」

「やらないから」

「そろそろ行こっか」


 私はそう言うと、ソフィアちゃんの返事を待たず一人歩き出した。

 すぐに隣にソフィアちゃんが並ぶ。


 池に沿って進むと、道が今度は三手に分かれる。右に行くか左に行くか、はたまた私達から見て左斜めに位置する坂を上るか……。


 ――なんて、考えるまでもない。


 目的の場所は坂を上った先にあるので、私達は迷わず向かって左斜めの道を選択。


 ゆるやかな坂を登った先にあったのは、大きな鳥籠とりかごのある広場だった。


 中央にある鳥籠の中には孔雀くじゃくが三羽いて、それを目当てにこの公園を訪れる人も少なくない。特に子供に人気で、今も何人かの子供が鳥籠に引っ付き中をのぞき込んでいた。


 その邪魔にならないように、私達も少し離れた場所から孔雀を見る。


「改めて考えても、普通の公園に孔雀がいるって異常よね」

「もっと広い公園なら分からないでもないけど、竜谷公園はそれなりの広さだしホントなぞ


 地元の私でも、孔雀がここにいる経緯けいいは詳しく知らない。私が生まれる前からここには孔雀がいて、それが当たり前だったので中学に上がるまではその事を疑問にすら思わなかった。


「孔雀って空飛べるんだっけ?」

「確か飛べるはず」


 実際に飛んでいるところを見た事はないが、動物園から飛んで脱走したというニュースの方は見た事がある。


「じゃあ、この鳥籠みたいなデザインも、ちゃんと意味があるのね」

「まぁ、見た目も考慮して、だとは思うけど」


 それでもこの鳥籠が、上をふさぐ事を前提としたデザインなのは間違いないだろう。


「メス二羽にオス一羽……親子? かしら」

「だとしたら、ウチと同じ家族構成だね」

「ウチもそう」


 父母娘。そして、祖父母の同居なし。私とソフィアちゃんの家族構成は、実は共通している。


「孔雀の世界でも、お父さんの肩身が狭いとかあるのかしら」

「どうかな。でも、少なくとも住居は狭そう」

「おー」


 言いながら、ソフィアちゃんが私に向かって拍手をしてくる。


 恥ずかしい。自分でいた種とはいえ、そういう反応はホント止めてもらいたい。


 孔雀に別れを告げ、私達は階段を使って更に上に登る。

 すると、開けた場所に出た。


 隅にベンチがいくつかあるだけのだだ広い空間。今はその中央で、子供が二人追いかけっこをしている。


 ベンチの一つに、二人並んで腰を下ろす。


 その瞬間、思わず「ふー」という声が私の口から漏れ出た。


「疲れた?」

「少し」


 最寄り駅からここまで少し距離がある上に、園内の道には坂や階段といった起伏のあるものも多い。さすがにへばる事はないが、いい運動になった事は確かだ。


「はい」


 そう言って手渡されたのは、温かいお茶の入ったペットボトルだった。


「ありがとう」


 受け取ったそれを、私はふたを開け口に運ぶ。


 温かいお茶が体に行き渡り、私の体と心を同時にいやす。


 ほっと息を吐くとは、まさにこういう事を言うのだろう。ホットだ――いや、なんでもない。


 私がなごんでいる間に、ソフィアちゃんが昼食の準備を済ましてくれた。


 二人の間に蓋が取られた弁当箱と、手拭てふきシートが置かれる。ペットボトル含めて、それらは全てソフィアちゃんの持っていたトートバックに入っていた物だ。


「食べましょ」


 ソフィアちゃんのその言葉を合図に、私達はシートで手を拭き、食事を開始する。


 弁当箱の中にぎっしり詰まるように入っているのは、サンドイッチ。主に作ったのはソフィアちゃんで、私も少しばかりお手伝いをさせてもらった。


「いただきます」


 手を合わせ、サンドイッチに手を伸ばす。そして、中身がこぼれてしまわないように気を付け、それにかぶり付く。


「うん。美味しい」


 シンプルな食材、シンプルな味付け、シンプルな工程ながら、料理としてしっかり完結しており、文句の付けようのない美味しさだった。


 まぁ、ソフィアちゃんが作った物という付加ふか価値が、より一層そう思わせている可能性もなくはないが。


「良かった」


 私の反応を見てから、ソフィアちゃんもサンドイッチを自身の口へと運ぶ。


「うん。美味しい」


 私と同じ事を言い、ソフィアちゃんが口元を緩める。


 それを見て私は、嗚呼ああ、これが幸せか、と割と本気で思うのだった。

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