第21話(4) お母さん2

「ところで、この話はそちらのご両親は知ってるのかしら?」

「あの、母には話しました。でも、父には……」


 美玲さんからの問い掛けに、私は視線を下に落としながらそう答える。


「なるほど。今、お母さんに連絡って取れる?」

「母に、ですか? 取れるとは思いますけど……」


 用事があるという話は聞いていないので、タイミングさえ悪くなければ普通に電話には出るだろう。


「じゃあ、私が話したいって言ってるって伝えてもらえるかしら?」

「え? あ、はい」


 私は美玲さんに言われるまま、スマホを操作しお母さんに電話を掛ける。


 二度のコールの後、通話が繋がる。


「もしもし、お母さん? 今ちょっといい?」

『いいけど……。あなた、ソフィアちゃんの家に泊まりに行ってるんじゃないの?』


 お母さんの疑問は当然だ。同級生の家に泊まりに行った娘から、急に連絡があれば何らかのトラブルを疑いたくもなるだろう。


「ソフィアちゃんのお母さんが、お母さんと話したいって言ってて」

『は? 何それ。どういう事?』

「分かんないけど。とにかく、代わるね」


 ちょっと、という声が遠くの方に聞こえた気もするけど、多分気のせいという事にして、スマホを美玲さんに手渡す。


「どうぞ」

「ありがとう」


 受け取ったそれを、美玲さんは自分の耳へと持っていく。


「すみません急に。……。いえ、ご挨拶もちゃんと出来ておらず」

「大人って電話口になると、しゃべり方変わるわよね」


 通話をする母親の姿を見て、ソフィアちゃんが呟くようにそんな事を言う。


「まぁ、そうだね」


 それに対し私は、苦笑を返す。


 ウチのお母さんも、電話口ではよくいつもと違う喋り方をしている。大人がどうのこうのというより、経験や立場がそうさせるのだろう。


「……。はい。……。そんなそんな。いおさんはしっかりしておられるので、ウチの子の方がお世話になりっぱなしで。……。何をおっしゃいます。いおさんを立派に育てて、ウチも見習いたいくらいです」


 母親同士の会話を横目に、私とソフィアちゃんはティータイムを続行する。


「これ、ホント美味しいわね」


 新たにクッキーを一枚手に取り、ソフィアちゃんがそう口にする。


「テレビで取り上げられるくらい有名なやつだしね」


メディアの情報を鵜呑うのみにする事は出来ないが、少なくともなんの情報もない状態から探すよりかは美味しい物に行き当たる可能性は高いと思われる。


「……。もう。ご冗談ばかり。……。あぁ、そうそう。今二人から話を聞きまして。……。そうです。二人の関係について。……。あー。そうなんですね。私としては特に反対する理由もないので、今後も変わらず見守っていこうかなって」

「「……」」


 会話の内容が自分達の事に及び、なんだか気恥ずかしくなってきた私は、それを誤魔化ごまかすように黙々と紅茶をのどに通す。


 隣ではソフィアちゃんも同じ行動を取っているが、果たして……。


「……。ですよね。時代も時代ですし、認めないとかそういう考えがナンセンスっていうか。……。はい、はい。分かります。私も二人の事は心配してないので。……。えぇ。……。全く持ってその通りだと思います。それでですね。もし、もし宜しければなんですけど、明日お母様と対面でお話させて頂きたいなんて事を……」

「明日?」


 その部分が気になったのか、ソフィアちゃんが美玲さんの発した言葉を、疑問形で繰り返す。


「……。いえいえ、そんな大層なものではなく、単にご挨拶がてらランチでもどうかなと。もちろん、ご都合が付かなければ全然。……。あ、大丈夫ですか? ……。なら、良かった。お店の方はこちらでリーズナブルな所を何軒かピックアップさせて頂きますので。……。はい。そうですね。ラインで。……。分かりました。では、後ほど。……。いえいえ。……。では、失礼します」


 通話が終わり、美玲さんがスマホを耳から離す。


「ありがとう。助かったわ」

「いや、はい。どういたしまして」


 怒涛どとうの展開に付いていけず未だ状況がみ込めていない私は、美玲さんからスマホを受け取りながら、一生懸命頭を働かせる。


 えーっと、つまり、あれか。私のお母さんとソフィアちゃんのお母さんが二人で食事に行く事になったと、そういう事か。

 でもなんで、自分のスマホからではなく私のスマホから掛けされたんだろう?

 あー。なるほど。一度も掛けた事のない自分のスマホから電話を掛けたら、警戒されると思ったのか。結果的には、私から掛けてもお母さんには警戒されてしまったが、その辺りは確率とレベルの問題だろう。


「ごめんなさいね、いおさん。本当は明日のお昼も一緒に取りたかったのだけど」

「いえ、全然、気にしないでください」


 申し訳なさそうにまゆを下げる美玲さんに、私は両手を振ってそう応える。


「そもそもいおは、明日何時までウチにいるつもりなの?」

「四時ぐらいのつもり、だったけど」


 早坂家からの帰宅時間は、日によってまちまちだ。朝十時くらいに帰ったりお昼ご飯を食べてから帰ったり日が暮れる前を目処に帰ったり。明日は美玲さんがいるという事で、その中で一番遅い三番目の時間を予定していた。


「じゃあ、私達も明日はどこかに出掛けようか」

「いいけど、どこに?」


 飲食店、デパート、ショッピングモール……。候補としては、その辺りか。水族館や遊園地は思い立っていきなり明日行く場所ではない気もするので、候補から除外した。

 まぁ、ソフィアちゃんがどうしてもって言うのなら行ってあげてもいいけど、それでもその時は多少の説得が必要というかお約束というか……。


「私達が出会った場所」

「私達が出会った場所? ……あー」


 あそこか。


 別に行ってもいいが、一時間近く掛けてまで行く価値が果たしてあるかどうか……。いや、そういう事ではないんだろうな、きっと。


「決まりね」


 即座に反論がなかった事を、ソフィアちゃんは肯定と受け取ったらしい。


 まぁ、いいけど、別に。


「二人にとって思い出の場所、ってところかしら?」


 それまで黙って私とソフィアちゃんのやり取りを聞いていた美玲さんが、そう言って笑みを浮かべる。


「お母さんも行った事ある場所よ」

「私も行った事ある場所? お店、とか?」

「残念。ハズレ」

「じゃあ――」


 突如始まったクイズは、美玲さんが乗り気な事もあってそこから数分間続いた。しかし結局最後まで美玲さんは答えが分からず降参、最終的にはソフィアちゃんから答えを教えてもらっていた。


 私達が出会った場所。それは――

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