第21話(2) お母さん2

 早坂家に着くなり、私達は玄関で美玲さんに出迎えられた。


「二人共久しぶり。元気だった?」


 そう口にした美玲さんの口元は微かにほころんでおり、どうやら現時点での機嫌は悪くなさそう、というか、むしろ良さそうだ。


「私達は大丈夫よ。それより、お母さんこそ慣れない環境で疲れたりしてない?」

「今更そんな。もう慣れたものよ」


 母娘の会話を聞きながら私は、話に入るタイミングを何気なく伺う。


 別に黙って聞いていてもいいとは思うのだが、この後の展開を考えると出来れば美玲さんとちゃんとした会話を成立させておきたかった。


 私のその様子に気付いたのか、美玲さんの視線がふいにこちらに向く。


「いおさん、ウチのソフィアは迷惑掛けてない? 一人っ子で尚且なおかつ今まで我慢させ続けてきたから、その反動で気を許した相手にはどうもワガママになってしまうみたいなの」


 いやまぁ、確かに、そういうきらいがある事は否定出来ないが……。


 ちらりとソフィアちゃんの方に目をやると、むっとした顔をされてしまった。


 もちろん、おフザケの演技だけど。


「いえ、私の方がソフィアちゃんにお世話になりっぱなしで」


 決して謙遜けんそんではなく、れっきとした事実だ。

 ソフィアちゃんは頼りになる。いつでもどこでも。


「心配しなくとも、持ちつ持たれつ仲良くやってるわ。ね?」


 と、ソフィアちゃんから同意を求められ、私はうんうんと力強くうなずく。


 私の方が助けられる事が多いのは事実だが、それでもソフィアちゃんに一方的に私がもたれ掛かっているだけでない事もまた事実だった。私は私で、ソフィアちゃんの支えや助けに時にはなっている――はず。自信はないけど。


「そう。なら、良かった」


 美玲さんはそう言うと、安心したように私達に微笑ほほえみ掛けた。


「さぁ、立ち話はこれくらいにして、続きはリビングで話しましょ。二人のために美味しそうなお菓子も買ってきたのよ」

「その前に荷物置いてきていい? 着替えもしたいし」


 言いながらソフィアちゃんは、鞄を持った自分の手を美玲さんに上げて見せる。


「あー。そうね。うん。私は先にリビングに行って準備をしてるから、二人は後からゆっくり来たらいいわ」

「お言葉に甘えて。ほら、いお行くわよ」

「え? あ、うん」


 美玲さんとは別れ、ソフィアちゃんと共に彼女の自室に向かう。


 部屋に入ると、私達は顔を見合わせた。


「機嫌は、良さそうね」

「まずは第一関門突破って事で」


 もし美玲さんの機嫌が悪ければそれを直すところから始めなければいけなかったため、大変骨が折れた事だろう。

 しかし、それも杞憂きゆうに終わり、後はおりを見て美玲さんに私達の事を話せば……。


「とりあえず、荷物を置いて着替えましょうか。お母さんを待たせ過ぎて、折角せっかくいい感じの機嫌をそこねたら勿体もったいないし」

「勿体ないって……」


 まぁ、言いたい事は分かるけど。


 荷物を適当な所に置き、脱いだ上着をハンガーで壁の出っ張りに掛ける。


 着替える服は、当然のようにソフィアちゃんの部屋の物。

 服をいちいち持ってきていてはかさばるし、ソフィアちゃんはそれこそ売る程服を持っている。どう考えても、こちらの方が効率的だ。 


 服のチョイスは、いつもソフィアちゃんに任せている。

 好きにしていいと言われても、他人のクローゼットやタンスを好き勝手あさるのにはさすがに抵抗があるし、私よりソフィアちゃんの方にセンスがあるのは誰の目にも明らかだろう。


「これなんてどう?」


 そう言ってソフィアちゃんが私に見せてきたのは、ベージュのセーターとブラウンのチェック柄のロングスカートだった。


「うん。いいと思う」


 落ち着いた雰囲気で尚且つ露出が少ない、とてもいいデザインだと思う。


 そもそも余程の物じゃない限り、私はソフィアちゃんの選んだ服に文句を言う事はない。


 ちなみに余程の物とは、露出が激しい物やお嬢様ぜんとした物など、私に合わない物の事である。ソフィアちゃんはその手の服を、あえてすすめてくる事もあるので注意が必要だ。


 まぁ、注意をしたところで、押し切られる時は押し切られるのだが。


 制服を脱ぎそれを壁に掛けると、私はソフィアちゃんから受け取った服にそでを通す。


 そして、最後に目視で確認。


 よし。問題はなさそうだ。似合っているかは別にして、おかしなところはどこにもない。


「私が着ても良かったんだけど、やっぱりその服はいおの方が似合うわね」


 ん?


「自分で着たくて買ったんじゃないの?」


 ソフィアちゃんの言い回しに引っ掛かりを覚え、私はそう尋ねる。


「あー。それは、ミア姉が送ってきた段ボールの中に入ってた物で、私が買った物じゃないわ」

望愛みあさん?」


 が送ってきた物? どういう事だろう?


「ミア姉、デザイン系の学校に通ってて、お洒落もその勉強の一環だって言って、たくさん服を買うのよ。でも、買ったばかりだと部屋を圧迫するから、こうして着なくなった物を私に時折ときおり送ってくるの。ちなみに、処分方法はこちらに一任されてるから、最終的には売っちゃう事もあるけどね」

「へー。そうなんだ」


 はからずとも私は、ソフィアちゃんの部屋に衣服が大量にある理由の一つを、今になって初めて知った。


 また一つソフィアちゃんについて詳しくなれたようで、なんだかうれしい。


「何笑ってるの」

「別に」


 そう。これは口にする程ではない些細ささいな幸せだ。

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