⁂2(3) 準備

 ふと、自室の壁に掛けられた時計に目をやる。

 時刻は十八時十五分。勉強をし始めてから、いつの間にか一時間以上が経過していた。


「うーん」


 背伸びをして、り固まった体をほぐす。


 何事にも息抜きは必要。それはテスト勉強も同じ。――という事で私は、シャープペンを手放し、代わりにテーブルの上に置いてあったスマホに手を伸ばす。


 ネットのホーム画面を開き、検索バーに【ハロウィン 衣装 女性】と打ち込む。すると、いくつかの通販サイトのリンクが画面に表示された。その一つを私は、タップする。


 上から順番に、さっと衣装に目を通していく。


 魔女、シスター、キョンシー、小悪魔等のハロウィンぽい物に加え、カウボーイやスモックといったハロウィンと全く関係のないただのコスプレ衣装まで、多種多様な衣装が際限さいげんなく画面上にき出てくる。

 後者はないかな。折角せっかくのハロウィンだ。やはり、ぽい物で楽しみたい。


 しかし、そう決めたとしても、いまだ種類は多い。


 どれにしようか……。

 素材がいいだけに、ホント迷う。正直な話、どれを着せても似合いそうだが……。


『ハロウィンの衣装、どれがいいと思う?』


 悩んだ挙句あげく私は、ラインで楓に助言を求める事にした。


『テスト週間なのに、随分ずいぶん余裕じゃない』


 返信はすぐに来た。ちょうどスマホを手にしていたのだろうか。だとしたら、楓も今は勉強をしていなかったわけで、どの口がという話になりそうなものだが。


『今は休憩きゅうけい中』


 あえてそこには触れず、普通に返事を送る。


『あっそ』


 と素っ気ない返事をしながらも、付き合ってくれる気はあるようで、すぐさま次のメッセージが送られてくる。


『桜なら何着ても似合うと思うけど?』

『私というより、美咲ちゃんに合う衣装を探してるのよ』

『桜が選ぶの?』

『折角なら、ペアルックにしようと思って』


 その辺りの許可は、美咲ちゃんと桃華さん両方から事前にもらっている。お金を出すと桃華さんには言われたが、そこは正直どちらでも良かった。とはいえ、断るのは逆に向こうに悪いので、それなりの値段に抑えるつもりだ。


『あ、ちゃんと美咲ちゃんに聞いてから決めるから安心して』


 私がどれだけいいと思っても、本人が気に入らなければ意味がない。価値観の押し付けは良くないし、着る本人が楽しむ事が一番大事だ。


『そう。頑張がんばって』

『ちょっと。少しは話聞きなさいよ』


 メッセージの後に、ガオーと怒るライオンのスタンプを付ける。


 と言ったものの、テスト週間中だし楓が本当に乗り気でなければ、ここでやり取りを終わらせる気ではいる。勉強の邪魔はホント良くない。


『候補は?』


 しかし、意外にも向こうから、割と積極的なメッセージが送られてきた。


 精々せいぜい、分かった分かったといった感じの、仕方なく付き合ってあげる的なスタンスのものが送られてくると思っていたので、少しびっくりした。


 なんやかんや言っても、楓は人がいい。さすが委員長を地で行く女だ。


『やっぱ、ハロウィンぽい物がいいかなって』

『例えば?』

『魔女とかキョンシーとかお化けとか』


 そう言えば、魔女と言うと黒猫くろねこを連れているイメージがある。暗闇に溶け込むその姿が、不気味で恐れられた魔女の雰囲気と合うからだろう。


 ん? 黒猫? 黒猫か……。


『猫なんてどう?』

「――!」


 まるで私の思考をピンポイントで読んだかのような、的確過ぎる質問に思わず体を震わす。


 反射的に室内を見渡すも、おかしな物は特にない。まさかあのぬいぐるみに……って、そんなわけないか。


 たまたま、あるいは長年の付き合いゆえ思考パターンを理解されていたか。どちらにしろ、大した話ではない。私もある程度なら楓の思考を読み取れる事もあるし、お互い様だろう。


『なんで猫?』


 とりあえず、向こうの意図を探る意図も込めてそう送る。


『猫耳、桜にも似合いそうと思って』

「……」


 思ったよりもアレな答えが返ってきた。


 いや、私も美咲ちゃんの猫耳姿を想像したら、言葉にならない感情が湧き出てくるので人の事は言えないが。それにしても、ねぇ?


『何それ』


 照れ隠しに、あえて素っ気ないメッセージを送ってみる。


『そのままの意味だけど』


 しかし、返ってきたのは、そんななんとも言えない言葉だった。


 これは、普通に受け取っておけばいいのか。もしかして楓って、私の事を私が思うよりずっと可愛いと思っていたりして。

 ……まぁ、それはそれで別にいいんだけど。


『黒猫。考えてみるわ』


 メッセージに続けて、OKと書かれた黒猫のスタンプを送る。するとお返しに、了解と書かれた敬礼する熊のスタンプが送られてきた。


 うむ。


『ところで、楓は何着るつもりなの?』


 こちらの話ばかりではアレなので、今度は楓についても聞いてみる。


『まだ何も』


 まぁ、薄々うすうすそうじゃないかなとは思っていたけれど。


『どういう感じがいいとかは?』

『出来るだけ地味で露出ろしゅつが少ないやつ』

『言うと思った』


 しかしそうなると、候補こうほしぼられてきそうだ。


 スカートが短いのや胸元がいた物はまず除外するとして、後は色味も明るい物よりかは暗い物の方が良さそう。その条件に合い、尚且なおかつ楓に似合いそうな衣装と言えば……。


『魔女なんてどう?』


 落ち着いた雰囲気の楓に、黒く長いスカートの衣装はよく合いそうだ。


『魔女、ね……』『ま、考えてみるわ』


 即決とは行かなかったものの、私の提案に対する楓の反応は悪くなかった。


 もし多少なりとも否定的な要素があれば、楓の場合すぐにその事を告げてくるはずだ。そうしないという事は、つまりそういう事だろう。


『私、そろそろ勉強に戻るから』


 という言葉の後、手を振るペンギンのスタンプが送られてきた。それに対し私も、手を振るウサギのスタンプを返す。


 とりあえず、衣装の方向性は決まった。後はどんな感じの物にするかだが……。


 スマホの画面を、ラインの物から再びネットの物に戻す。そして、サイト内の検索バーを少し変える。【ハロウィン 黒猫 女性】で検索。表示された画面を、少しずつ下に向かってスワイプしていく。


 衣装、衣装、衣装、衣装、衣装……。


「あっ」


 ふいに私の指が止まる。


「これだ」


 スカートはロング。大人の女性が着ればセクシーさが出るが、子供が着れば可愛らしさしか出ない、そんな衣装だ。


 私はその画像を保存すると、再度ラインの画面に切り替えた。


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