⁂2(1) 準備

「ハロウィンパーティ?」


 私の言葉にピンと来ていないのか、楓が不思議そうな表情でそうオウム返しをする。


 夏休みが終わり、早くもひと月半がとうとしていた。九月から十月に変わり、ようやく残暑も幾分いくぶんやわらぎ始めたある日の日曜、私と楓は桃咲喫茶室に二人で訪れていた。


 私の隣には美咲ちゃんが座っており、オレンジジュースを飲みながら私達の話を熱心に聞いている。


「なんか、紗良紗さらさがやりたいらしくて」


 いや、まぁ、集まるだけなら別にいいのだが、しっかりコスプレをしてパーティらしく騒ぎたいという事で、現在鋭意えいい計画中、皆で改めて案を持ち寄る運びとなった。


「ふーん。別にいいんじゃない? 楽しそうで」

「何、他人事みたいに言ってるのよ。楓も参加するんだから、もうちょっと真剣に考えなさいよね」

「は? 何それ。聞いてないんだけど」

「そりゃ、今初めて言ったからね」


 そもそもハロウィンパーティの話自体、昨日の夜急に上がったものなので、情報伝達がまだされていないのは当然であり、いたし方ない事だった。


「私、衣装なんて持ってないわよ」

「大丈夫。私も持ってないから」

「いや、それ、大丈夫な理由になってないから。というか、いつ私が参加するって言った?」

「紗良紗が、松嶋さんも参加してくれるかなって」

「……」


 さすがに楓も、純粋な紗良紗の期待は無下むげには出来ないようだ。


「いいなー。楽しそう」


 それまで黙って私達の話を聞いていた美咲ちゃんが、ふとそんな事を言う。


「美咲ちゃんも参加しちゃう?」

「いいの?」

「いや、ダメでしょう。いくら女子高生しかいないとは言っても、大勢の高校生の中に小学生が一人でなんて、親の許可が下りないわよ」


 芽生えた希望に目を輝かせていた美咲ちゃんの顔が、楓の正論によって一瞬でシュンとくもってしまう。


「まぁ、楓の言いたい事は分かるけどね」


 それでも出来る限り、美咲ちゃんの希望を叶えてあげたいというのが、私の常々抱いている思いだった。


「楽しそうな話、してますね」


 私達の注文した飲み物を持ってきた桃華さんが、そう言って会話に参加してくる。


「ごめんなさい。盗み聞きをするつもりはなかったんですが、飲み物を運ぶ途中につい聞こえてきてしまって」


 私の前にアメリカンが、楓の前にカフェラテが置かれる。


「さすがに厳しいですよね?」


 ダメ元で私は、そう桃華さんに聞いてみる。


「うーん。桜さんと楓さんがいるとはいえ、知らない場所で尚且つ大勢参加するとなると、ちょっと簡単には首を縦に振るわけにはいかないですね」

「やっぱり」


 それが常識的な判断というものだろう。残念だけど、美咲ちゃんとのパーティはまたの機会に……。


「けど、場所が私の知ってる所なら、内容次第では考えない事もないかなって」

「知ってる場所?」


 っていうのは、どういう事だ?


 楓も美咲ちゃんも私同様、まだ話の流れがつかめていないらしく、二人で首をかしげている。


「十月の最後の日曜日はお父さんの用事があって、お店を閉める予定なんです」


 ハロウィンは十月最後の月曜日。その前日にお店が空いていて、今の話の流れから行くと、つまり――


「このお店を貸して頂けるという事ですか?」


 それは、こちらとしては願ったり叶ったりの提案だが……。


「うーん。多分?」

「多分?」


 しかし、返ってきた桃華さんの答えはどうもはっきりとせず、私は益々ますます困惑の色を強める。


 言い方はあれだが、まるで掛けられた梯子はしごを外された気分だ。


「お店のオーナーはお父さんだから、私の一存では決められないんです。でも――」


 と言って、桃華さんが体をかがめ、私達に顔を近付ける。


「お父さんも美咲には甘々だし、多分大丈夫だと思いますよ」


 小声でそう告げると、桃華さんは笑顔を浮かべすぐに態勢を元に戻した。

 まぁ、祖父母が孫に甘いのは良くある話なので、まったく根拠のない与太話よたばなしというわけでもなさそうだ。


「今日の夜にでも、タイミングを見計らって聞いてみます」

「お願いします」


 とはいえ、元より候補にすら上がっていなかった場所だし、ダメで元々ぐらいの心持ちでいた方がいいだろう。期待し過ぎてもろくな事にならないし。


 ――と思っていたら、その日の内に桃華さんから、二つ返事でオーケーが出たというむねのメッセージが届いた。


 やはり、おじいちゃんは孫に甘いという事か。

 いずれにせよ、これで場所の目処は立った。というわけで、とりあえずグループラインにメッセを送る。


 後は、美咲ちゃんの存在を、みんなにどうやって知らせるかだが……。

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