⁂1(2) 大空美咲

 夏休みも終盤に差し掛かりいよいよ終わりを意識し始めた頃、自室でぼんやり動画を見ているとふいにスマホが震えた。


 いや、ラインや電話は大体が唐突とうとつで、事前の告知なんてほぼほぼないんだけど……。


 ――話がれた。


 テーブルの上に置いてあったスマホを手に取り、ロックを解除後、通知をタップする。


 送り主は桃華さんだった。

 と言っても、この場合ラインのIDの持ち主が桃華さんというだけで、実際に彼女が送り主がどうかは内容を見るまで分からない。


 ややこしい言い方になってしまったが、まるところ桃華さんのIDで娘の美咲ちゃんがメッセージを送ってきている可能性もあるという事だ。


 最近の小学生の事情には詳しくないが、少なくとも美咲ちゃんはスマホを持っていないようだ。キッズ携帯は持っているみたいだが、家族以外とのやり取りをそちらでするのはどうかと思い、私の方から桃華さんのスマホを使ったやり取りを申し出た。これなら母親である桃華さんが全てを把握出来るので、向こうも安心だろう。


 と、今はそんな事より――。


 画面に表示されたメッセージを読む。


 なになに……。


『さめ』


 さめ? サメ? さめ? って、あのサメの事? でも、なんでまた急に? 打ち間違いか?


 メッセージの意味が分からずどう返信しようか迷っていると、その間に一枚の画像が送られてきた。それは、サメのぬいぐるみを抱きかかえた美咲ちゃんの写真だった。


 なるほど。サメのぬいぐるみを見せたかったのか。


『かわいいね。かってもらったの?』

『うん。まえからほしいっていってたから』


 へー。そうなんだ。確かに、一時期流行はやっていたもんな、サメのぬいぐるみ。テレビやSNSでもよく取り上げられていた。私は持っていないけど。


 あ、そうだ。


 私は勉強机の上に置いてあったクマのぬいぐるみを手に取り、写真をる。

 そして――


『くま』


 というメッセージの後に、今撮った写真を送る。


『それ、なつまつりの』


 あれから数週間しかっていないという事もあって、まだ美咲ちゃんもこのクマのぬいぐるみの事は忘れていなかったようだ。


『そう。かえでにもらったの』

『よかったね』

『うん。だいじにしてるよ』


 さすがに抱いて寝る事まではしていないが、ベッドを除いたら一番よくいる場所から見えるように置いたり時より撫でたりしてでている。


『さくらちゃんとかえでおねえちゃんは、いつからなかよしなの?』


 いつから……。


 ものご――と打ちかけて途中で止める。


 物心と書いても、美咲ちゃんには通じないかもしれないと思い至ったのだ。


『うまれてからずっとなかよしだよ』


 本当はずっと仲良しではないのだが、そこはまぁなんとなくという事で。


『おさななじみ?』

『そう。よくしってるね』


 漫画まんがかアニメで知識を得たのだろうか。でなければ、この年で幼なじみなんて単語は、知らないどころか聞き馴染なじみもないはずだ。


『うらやましい。わたしにはそういうこいないから』


 美咲ちゃんは、父親を亡くし半年程前に母親と一緒にこちらに引っ越してきたらしい。そのためまだ学校には馴染めておらず、友達もいないという。向こうには友達と呼べる存在がいたのかもしれないが、この年齢では余程仲が良くない限り引っ越したらそれっきりになってしまう事の方が多そうだ。


 こういう時、高校生の私は小学生でしかも低学年の美咲ちゃんにどんな言葉を送るべきなのだろう。


 美咲ちゃんならすぐに出来るよ。心配なんていらない。どちらも言葉が軽く、吹けば飛んでしまいそうだ。

 だから――


『はやくさんにんめのおともだちができるといいね』と私は送る。

『さんにんめ?』


 美咲ちゃんの反応は当然と言えば当然だ。三人目というなら、一人目と二人目はどこの誰だという話になる。


『わたしとかえでは、みさきちゃんのおともだちでしょ? ちがった?』


 返事はすぐには返ってこなかった。


 少し狙い過ぎただろうか。もしかしたら、今頃反応に困っているのかもしれない。……桃華さんに相談されていたらどうしよう。もしそうなら、大分ハズい。


 数十秒後、ようやく新たなメッセージが画面に現れる。


『ありがとう。わたし、がんばるね』


 良かった。気持ちは伝わったようだ。

 ……伝わったよね? 気をつかわれたわけじゃないよね?


「はー」


 溜息ためいきを吐き、そのまま床に寝転がる。


 正直、こういうのはがらじゃない。どちらかと言うと、楓の方が得意だろう。


 ……楓、今何しているんだろう?


 ふと思い立ち、私は楓にラインを送る。『今、何してる?』と。


「はやっ」


 すぐに既読きどくのマークが付き、直後返信が書き込まれる。ちょうどスマホで、何かしている最中だったのだろうか。


『宿題なら見せないわよ』

『ばーか。そんなんじゃないから』


 まぁ、楓も私がそういうタイプじゃないのは分かっているはずなので、今のはただの洒落しゃれ、あるいは軽口のたぐいだとは思うが。


『じゃあ、何よ?』

『用がないとラインしちゃいけないの?』

『つまり、暇潰ひまつぶしって事ね』


 楓の心情を表すように、やれやれといった感じのコアラのスタンプが続けて届く。


 くそ。こいつ……。


 そこから、私達のスタンプの応酬おうしゅうが始まった。


 お互いの意地と意地がぶつかる白熱の一戦は、楓の『もう止めない』という敗北宣言がなされるまで延々えんえん続いたのだった。


 それがどちらも何も得ないむなしい戦いだった事は、言うまでもないだろう。

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