サイドストーリー 魔女と黒猫

⁂1(1) 大空美咲

 夏休みの中程なかほど、おやつ時と呼ばれる午後三時の少し前、私は今ではすっかり常連と化した桃咲とうさき喫茶室きっさしつにやってきた。


「いらっしゃいませ」


 店内に足を踏み入れると、店員であり美咲みさきちゃんのお母さんでもある桃華とうかさんの声が私を出迎えた。


「あ、さくらさん」


 私を認識し、桃華さんの表情が幾分いくぶんやわらかいものに変わる。


「こんにちは。美咲ちゃんは?」

「奥の席にいますよ。ほら」


 桃華さんの言う通り、視線の先――店内の右側奥の方にある席の一つに小学生くらいの女の子が一人座っていた。


「ありがとうございます」


 私はお礼を言い、美咲ちゃんの元に近付く。


 その道中、美咲ちゃんと目が合い、私は彼女に向かって小さく手を振る。

 すると美咲ちゃんも同じく小さく手を振り返してくれた。


「ごめんね。待った?」


 まだ約束の時間には早いが、礼儀としてそう告げる。


「ううん。全然待ってないよ。十分くらい」


 十分は充分じゅうぶん待ったに入る時間のような気もするが、本人が待っていないというのだからそこはまぁいいだろう。


 美咲ちゃんは壁側の席に座っており、私はその向かい側の席に腰を下ろす。


 大空おおぞら一家の自宅は、このお店から比較的近い場所にあるらしい。とはいえ、小学生低学年の子を一人で外に出すのは危ないという事で、ここまではいつも一緒に住むおばあちゃんに送ってきてもらっているようだ。

 一家総出で私と美咲ちゃんが会うための手助けをしてもらっているような感じになっており、なんだか申し訳ないようながたいような、不思議な気持ちになる。


 程なくして、桃華さんがおしぼりとおひやを運んできてくれた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 その問い掛けに私は少し迷った末に、「アイスコーヒーをお願いします」と答える。


 ミルクティーも頭に浮かんでいたが、今日はコーヒーそしてアイスの気分だった。


「アイスコーヒーですね。かしこまりました。少々お待ちください」


 一礼の後、桃華さんが私達の元を去る。


 ちなみに、美咲ちゃんの前にはオレンジ色の液体の入ったガラスコップが置かれていた。おそらくは、オレンジジュースだろう。


「桜ちゃんは今日何してたの?」


 店員さん――というか、お母さんが遠く離れたのを見計らって、美咲ちゃんが口を開き、そうたずねてくる。


「特に変わった事はしてないかな。お勉強を少ししてたくらい?」


 平々凡々へいへいぼんぼんいたって面白みのない休日の過ごし方だ。


 まぁ、今日はこの用事があったため、誘いを断ったというのもそういう過ごし方になった理由の一つではあるのだが。


「ふーん。私はね、お絵かきしてたの。これ」


 そう言って美咲ちゃんが、自分の隣に置いていたバックからノートを取り出す。いわゆる自由帳というやつだ。


「見ていいの?」

「うん」


 美咲ちゃんからノートを受け取り、表紙を開く。


 中には動物やキャラクター、人物がどのページにもメインで描かれていた。


「じょうず」

「えへへ」


 ページをめくりながら感想を伝えると、美咲ちゃんはそれに対し照れ笑いを返した。


「ん?」


 その中の一枚に目を惹かれ、ページをめくる手を止める。

 そこに描かれていたのは、浴衣を着た二人の女性と一人の女の子。おそらく、これは……。


「夏祭りの?」

「そう。桜ちゃんとかえでお姉ちゃんと私」


 今日は用事があるという事で断られたが、楓もあれから何度か私と一緒にこのお店を訪れている。美咲ちゃんとの距離間は相変わらずで決して近いとは言えないけど、それなりに会話は交わしておりお互い苦手にはしていないようだ。


 アイスコーヒーが届いたタイミングで、ノートを美咲ちゃんに返す。


 コップに入った黒い液体にミルクを少し垂らし、ストローでそれをかき混ぜる。表面から白い文様がなくなったのを確認し、私はストローに口を付けた。


 程よい苦味が、私の頭をじんわりクリアにしていく――ような気がする。


 コーヒーは私にとって苦味とカフェインを得るための飲み物でしかないので、味のしは正直分からない。口に合うか合わないか、精々せいぜいがその程度だ。


「もうすぐ夏休みも終わりだけど、宿題の進みの方はどう?」


 ストローから口を離すと、私は美咲ちゃんにふとそんな事を尋ねる。


「うーん。少しずつ進めてるから、ちゃんと終わるとは思う」

「そっか。偉いね」


 言いながら私は、美咲ちゃんの頭をでる。


 美咲ちゃんは可愛らしいため、すぐに頭を撫でたくなってしまう。


 反応を見るに嫌がってはいないようだが、それでもやり過ぎは良くない。なので、一応そうならないよう注意はしている。一応……。


「桜ちゃんは?」

「私? 私も似たような感じかな」


 一気に片付ける事はせず毎日一定の量を消化しているため、夏休みの残り日数に比例して宿題の残りも順調に減っていっている。


「じゃあ、桜ちゃんも偉い偉い」


 そう言って美咲ちゃんが、こちらに体を乗り出して真似まねするように私の頭を撫でる。


「……」


 小学生女児じょじに頭を撫でられる女子高生って、絵面的には相当恥ずかしいんじゃ……。


 まぁ、嫌な気はしないし、別にいっか。

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