第15話(2) テスト勉強

 それはそれとして、今は眼前に迫るテストの方が大事。


 という事で、放課後はソフィアちゃんと今日も今日とてテスト勉強にはげむ事に。


 場所は学校の図書室。


 別に、ソフィアちゃんの家でもいいのだが、こちらの方が余所事よそごとが出来ない分勉強に集中出来るだろうという事で、最終的には図書室で勉強をする事になった。


 図書室の窓側にずらりと並んだ四人掛けのテーブルの一つに、二人で隣り合って座る。


 この方が、分からない時に勉強を教えやすいのだ。ソフィアちゃんが。


 今日勉強する教科は数学。私が五教科の内、二番目に苦手な教科だ。

 ちなみに、一番は理科。興味の低さも手伝ってか、なかなか覚える事が出来ずにいる。休日には、重点的にやろうと思う。もちろん、数学も。


 テーブルの上に教科書とノートを広げ、ひたすら問題をいていく。教科書が終わったら次はワークの問題、そしてその次はプリントの問題と、一度に解く問題数には事欠かない。

 もっとも授業や宿題で一度、テスト勉強で何度か解いている問題なので、初見の問題を解く練習にはもちろんならない。しかし、反復練習をしていく内に、解き方が身に付いていき、他の問題にも応用出来るようになると思うので、十分勉強の意味はあると思う。


 などと言ってみたものの、全部の問題をすらすら解けるかと言うと、決してそうではない。何度か解いた問題のはずなのに、時より筆の進みが遅い問題が出てくる。それはすなわち、まだ解き方が完全に頭に入っていない証拠だ。


「ホントいおって、数学苦手よね」


 その様子を見て、隣に座るソフィアちゃんがそう小声で言う。


「うっ」


 同じ問題なのに、何度も何度も恥ずかしい。


「どこで詰まってるの?」

「ここなんだけど……」


 ソフィアちゃんに聞かれ、私はノートの、シャープペンが止まった箇所かしょを見せる。


「あー。ここ。ここは――」


 私の方に体を近付け、ソフィアちゃんが懇切こんせつ丁寧ていねいに問題の解き方とコツを教えてくれる。


 その最中私は、そんな場合ではないと知りながら、至近距離で話すソフィアちゃんの横顔に見惚みとれていた。


「ちょっと、いお。聞いてる?」

「ごめん。ぼっとしてた」

「もう。折角教えてるんだから、ちゃんと聞きなさいよね」

「ごめんごめん。ちゃんと聞くから」


 本気ではない怒り顔を見せるソフィアちゃんに、私はそう謝罪の言葉を述べる。


 確かにソフィアちゃんの言う通り、教えてもらっているのだからぼっとしていてはダメだ。勉強に集中しろ、私。


 気を取り直して、今度こそしっかりとソフィアちゃんの言葉を聞く。


 ソフィアちゃんの指導は分かりやすく、頭にすーっと入ってくる。なので、その場では問題の解き方を理解する事が出来る。ただし、日をまたぐと記憶が薄れ、解けたり解けなかったりする。とはいえ、問題に詰まる回数は確実に減っているので、成果が出ていないわけではななかった。後は、その詰まる回数を、どれだけゼロに近付けられるかだが……。


「うーん」


 集中力の低下を感じ、私は一旦いったんシャープペンをノートの上に置き、その場で伸びをする。


 勉強時の集中力は、一時間もたないという。なので、都度つど休憩を入れて勉強をした方が効率的と何かに書いてあった気がする。


 壁の掛け時計を見ると、時刻は五時前。ここに来たのが大体三時五十分くらいだったので、一時間以上ぶっ通しで勉強していた事になる。どうりで疲れるはずだ。特に手首が痛い。


 隣に座るソフィアちゃんの様子をうかがうが、まだ休憩する気配はなかった。それどころか、益々ますます集中力が増しているようにすら見える。集中力の持続時間には、個人差があるのだろう。


 勉強の邪魔にならないように、こっそり席を後にする。


 その時、ソフィアちゃんに一瞥いちべつされた気もしたが、特にそれ以上の反応はなかった。


 軽い運動もねて本棚を物色する。


 小説のゾーンには、私の知っている作家の作品から知らない作家の作品まで、色々な本が置かれていた。


 特に何も考えず、一冊の本を手に取る。

 日本人なら大抵の人が知っている作家の、ショートショート集だ。


 気分転換にページをめくる。


 読んだ事のある本なので、内容もオチも知っている。それでもこの短さで読む者を楽しませる事が出来るのは、作品の素晴らしさがあってこそだろう。構成、文章、言葉のチョイス。どれを取っても一級品だ。


「ふっ」

「ひゃん!」


 至近距離から耳に息を吹き掛けられ、思わず変な声が出てしまう。


「しー」


 諸悪しょあくの根源が口元に人差し指を当てて、そう私に言う。


「ソフィアちゃんが変な事するからでしょ!」


 それに対し私は、静かな声で怒るという高難度の芸当を披露ひろうする。


 感情と自制心が上手うまい具合にみ合った結果だ。……どう考えても、そんな大層なものではないけど。


「だって、いお。本に集中し過ぎなんだもの」


 はて。そう言えば、あれからどのくらいの時間が過ぎたのだろう。五分くらいか。


「十五分よ。いおが席を立ってから」


 まるで思考を読んだかのように、ソフィアちゃんが私の疑問に答える。


「十五分? そんなに?」


 本を読み出すと時間を忘れるというが、まさにその通りの事が今起こったわけだ。


「ほら、本返して。勉強戻るわよ」

「はーい」


 ソフィアちゃんの言葉に、私は素直にしたがう。そして、ソフィアちゃんと連れ立って席に戻る。


「私は今から休憩するから、その間、いおの勉強をみっちり見てあげるわね」

「……」


 十五分の小休憩の借りは、思ったより高く付きそうだ。もちろん、いい意味で……。

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