第四章 trick or treat

第15話(1) テスト勉強

「二人、なんかあった?」


 授業と授業の中休み。私達の元にやってきた木野きのさんが、唐突とうとつにそんな事を言ってくる。


「何かって?」


 質問の意図が分からず、私は首をかしげる。


 数日前からソフィアちゃんと正式に付き合い始めたものの、二人の関係に特段変わった事はなく、むしろ私としては拍子ひょうし抜けを食らったような感じだ。


「いや、だって……」


 そう言って木野さんが、改めて私達の様子を見やる。


 私達の手は、ソフィアちゃんの机の上で絡まるように繋がっていた。


「あ、これ?」


 木野さんの視線を感じ、慌てて自分の手を引っ込める。


「ちょっとふざけてて」


 机の上に乗っていた私の手がどうのこうのという話から、ソフィアちゃんがふざけて私の手をさわり出し、で、なんやかんやあって結果こうなった。


 そのなんやかんやに関しては、私も良く分からない。流れ、雰囲気、ノリ……。とにかく、そんな感じだ。


「ね、ソフィアちゃん」


 とりあえずこの場を収めようと、そうソフィアちゃんに話を振る。


「え? 何が?」


 しかし、ソフィアちゃんにはその気がないようで、とぼけた答えが返ってきた。


 絶対、わざとだ。これは、分かっていてやっている。私をからかって楽しんでいるのだろう。こんな時に。勘弁かんべんしてくれ。


 大体、女の子同士なんだから、手を繋いでいても何も問題ないのでは? 変に反応するからおかしくなるのだ。平常心。平常心。


 心を落ち着かせる意味も込めて、机の上のペッドボトルを手に取りそれを口に運ぶ。


「それ、私のだけどね」

「ぶっ」


 危ない。あやうく吹き出すところだった。


 いや、別に、女の子同士なんだから間接キスぐらい普通っていうか、変に気にする必要はないだろう。確かに、あまりにもナチュラルにソフィアちゃんのお茶を手に取っていたけども。わざわざ今指摘する事か。


「怪しい。絶対何かあったでしょ」

「何もないって。ヤダなー」


 木野さんの追求に、私は「あはは」と笑う。


 特におかしな事はしてないし、言い方はアレだけど、このままなし崩し的に誤魔化ごまかせるはず。


「そっか。私の気のせいかー」


 よし。行けた。木野さんは意外とかんするどいしどうかなと思ったが、なんとかえた。後は、ボロが出ないように気をつけるだけだ。


「ところで、何か用事があって来たんじゃないの?」


 用事というか話したい事というか。


 木野さんと話す時は、最初の話題は大抵彼女から提供される。向こうからこちらに来ているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。


「あ、そうそう。水瀬みなせさん達、今度の日曜ってひまだったりする?」

「今度の日曜?」


 その頃なら中間テストも終わっているし、今のところ特に予定もない。


 ソフィアちゃんの方に目をやると、私同様予定のなさそうな顔をしていた。


「多分暇だと思うけど、どうして?」

「みんなでハロウィンパーティーやらないかって。あっ、みんなっていうのは、さくら静香しずか朋恵ともえ蒼生あおい松嶋まつしまさんと私の六人なんだけど」


 いわゆるいつもの五人組に、松嶋さんという事か。そこに私達二人を加えたら、まんま文化祭のホール係だ。


「どうする?」


 ソフィアちゃんの方を向き、そうたずねる。


「いおに任せるわ」


 つまり、少なくともノーではないという事だろう。

 うーん。ハロウィンパーティーか……。メンバー全員と少なからず接点はあるし、そういう意味では別に参加してもいいんだけど……。


「じゃあ、参加させてもらおうかな」


 考えてみたところ、特に断る理由も思い浮かばなかったし、たまには大勢でのイベントというのも新鮮味があっていいかもしれない。


「やった。他の人にも伝えておくね」


 私の返事に対し、木野さんが声をはずませる。


 これだけ喜んでくれると、なんだかこちらまでうれしくなってくる。オッケーして良かった。


「ところで、場所は? どこでやるの?」


 普通に考えたら、誰かの家といったところか。


「あー。それなら、なんか桜に当てがあるって。どこかのお店らしいんだけど」

「お店? そんなところ貸し切ったら、高いんじゃない?」


 同窓会等でお店を貸し切る事はあるが、それとは規模も人数も違う。高校生八人だけのハロウィンパーティーにお店の貸し切りは、大げさ過ぎないだろうか。


「なんか、知り合いのお店らしくて、場所代とかは特に掛からないみたい。私も詳しくはまだ聞いてないんだけどさ」


 知り合いのお店……。まぁ、秋元あきもとさんがそう言うなら、そちらは任せてしまってもいいのかもしれない。途中参加の身では、どの程度事前準備が進んでいるのか全く分からないし。


「手伝う事、あったりする?」


 というわけで、とりあえずそんな申し出をしてみる。


 全容どころかお店を貸し切ってやる事以外は何一つ分かっていないため、私達にというより、そもそも手伝うような事があるのかさえ今のところ不明だ。


「うーん。特には。あっ、会費は二千円。ドレスコードはハロウィンっぽいコスプレね」


 ん? 今、変な言葉が聞こえた気がするが、私の聞き間違いかな? ドレスコードがコスプレ? 全く聞き馴染みのない言葉だ。


「じゃ、そういう事で。場所がちゃんと決まったら、また教えるから」


 言うが早いか木野さんは、私達の元を脱兎だっとごとく去って行ってしまった。


「あ、ちょっと」


 木野さんの背中に掛けた、私の声がむなしく宙に消える。


「ソフィアちゃん……」


 おそる恐る恋人の顔をうかがう。


 別に私がやらかしたわけではないが、なんかそんな流れになっているような気が……。


「楽しみね」


 ソフィアちゃんの顔に浮かんでいたのは、予想に反して満面の笑みだった。


 これは……どっちだ?

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