第14話(2) 関係

 手を引き、自分が立ち上がる勢いを使ってソフィアちゃんを引き寄せる。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 そのお礼の言葉に、私は笑顔でそうこたえる。


 それにしても――


「それにしても、私達こんな所で何やってるのかしら」

「あはは……」


 どうやら、ソフィアちゃんも私と同じ事を考えていたらしい。


 空き地で女子二人がしゃがみ込んで顔を突き合わせて話をする姿は、はたから見たらさぞ異様な光景だった事だろう。


 一応、人目に付かない所を選びはしたが、実際にそうなるかは不明。もし途中で人が通っていたら……考えただけでその時感じるはずだった恥ずかしさが沸々ふつふつと込み上げてくる。


 ホント、そうならなくて良かった。


「行きましょ」


 そう言って、ソフィアちゃんが手を離す。そして、左手ではなく私の右手を取る。


「行きましょ」

「うん」


 もう一度発せられたその言葉に、私は笑顔で頷く。


 そのまま私達は、手を繋いで駅を目指す。


 駅までの道のりは、わずか数百メートル。二分もしない内に着いてしまうが、それでも別に良かった。手を繋いで歩く事、それ自体に意味があるのだ。


「いおはどこか行きたい場所ある?」

「うーん。小物とか見たいかな。最近は毎週、週末はソフィアちゃんの家に泊まってるし、そろそろマイカップ欲しいかも」

「いいわね。どうせなら、お揃いで買いましょ」

「お揃い好きだね」

「何? いおは私とお揃いじゃ嫌なの?」


 私が笑うと、ソフィアちゃんはわざとらしくねたように口をとがらせてみせた。


「ううん。いいと思う。なんなら、食器も買っちゃう?」


 現在私が使っているのはお客様用だが、これだけ何度も短いスパンで泊まりに来ていてお客様用というのもなんだか味気ない。


「もういっその事、ウチに住んだら? そうしたら、学校も大分近くなるし」

「さすがにそれは……」


 高校生の間はダメな気がする。もちろん、何かそうする理由があれば別だけど。


「じゃあさ、冬休みに数日泊まるってのはどう?」

「あ、いいね、それ。三日ぐらい?」

「私は一週間でもいいけど?」


 上目づかい気味に、そんな事を言ってくるソフィアちゃん。


 可愛い。可愛過ぎる。ここまで来るともう、可愛い過ぎて私の心の中の法定速度違反だ。現行犯逮捕して、早くウチに持ち帰らなければ。


 ……何を言っているんだろう、私は。

 法定速度? 現行犯逮捕? 言っている事が支離滅裂で救いがない。まさに、駄目だめだこいつ……早くなんとかしないと……状態である。


「一週間か……。考えてとくね」


 そんな訳の分からない思考はおくびにも出さず、私は口元に笑みを浮かべそうソフィアちゃんに言葉を返す。


「まぁ、まだふた月以上先の話だしね」


 今が十月の中旬だから、冬休みまでは後二ヶ月と一週間ぐらい。確かに、大分先の話だ。


「そう言えば、もうすぐ中間テストだけど、いお大丈夫?」

「それは、大丈夫のラインによるかな」


 赤点に関しては問題ないし、平均点もおそらくは余裕で超えるだろう。ただし、上位を取れるかと聞かれたら、分からないという他ない。定期考査における私の学年順位は、常に二桁後半。訳あって以前より勉強に力は入れているが、果たして――


「来週の土日は、ウチでテスト勉強しようか」

「え? あ、うん。そうだね」


 一人で勉強しても限界はあるし、何よりソフィアちゃんは私より圧倒的に頭がいいので色々と聞く事も出来る。まさに一石二鳥。私としては願ったり叶ったりだ。


「いおには頑張がんばってもらわないとね」

「あはは……」


 定期考査の成績が全てではないが、ソフィアちゃんと同じ大学に行こうと思ったら、やはりそちらでもそれなりの数字は必要となってくる。最低でも学年で三十位以内。五十位以上も順位を上げるのは大変だけど、無謀という程無茶な目標ではない。まずは五十位以内。それが直近の目標だ。


「まぁ、一週間みっちりやれば、平均九十点くらい楽勝でしょ」

「きゅ、九十!?」


 得意科目で九十点ならまだしも、八科目の平均で九十点を超えるなんて今の私には夢のまた夢だ。


「じゃあ、八十七」

「それくらいなら……」


 頑張ればなんとかなりそうな気がする。平均で考えると三点しか違わないが、合計で考えると二十四点も違う。うん。いける!


「いおってホント可愛いわよね」

「どういう意味?」

「さぁー」


 ……あ。そういう事か。最初に無理な数値を提示しておいて、後からそれを下げる。つまり、私はまんまと乗せられたというわけだ。


 冷静に考えたら、八十七もそこそこ高いハードルだ。それをすぐに飲み込んだのは、その前に九十という数値を聞かされていたから。そうでなければ、少なくともすぐに返答をする事はなかっただろう。


言質げんち取ったからね」

「えー」

「もし八十七超えられなかったら、いおには何してもらおうかしら」

「いや、そんな話一言もしてないからね」


 あくまでも数値は目標であって、必ず越えなければいけない壁ではない。いや、いつかは越えなければいけないんだけど、それは必ずしも今回の中間テストでなくてもいいはずだ。


「じゃあ、八十七点取れたら、私がなんでも一つ言う事を聞くってのはどう?」

「なんでも……?」


 なんでもというのはアレだろうか。なんでもという事だろうか。ダメだ。なんでもという言葉のあまりのインパクトに、頭が混乱してしまっている。


 落ち着け。冷静に。の悪いけではある。ただし、無謀むぼうかと言われると決してそうではない。勝ち目はある。僅かではなく確実に。


「交渉成立ね」


 そう言ってソフィアちゃんが、ニヤリと笑う。


「……」


 なんだか、再び上手く乗せられたような気もしないでもないが、結局は仲のいい者同士のじゃれあいや悪ふざけのようなもの。どちらにしろ、ひどい事にはならないだろう。


「うふふ。ついに合法的にいおを好き勝手出来る機会が――」

「おい」


 私の信頼を返せ。


「冗談よ」


 真顔でそんな事を言うソフィアちゃん。


 今のがもし冗談だとしたら、今後はこの手の冗談を言うのは控えた方がいい。なぜなら、しんせまり過ぎていて全然冗談に聞こえないから。それこそ、全く洒落しゃれになっていない。




第三章 赤い糸 <完>

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