第14話(1) 関係

「うーん」


 店を出るなり、ソフィアちゃんが大きく伸びをする。


「とりあえず、切峰駅に移動して、お昼まであの辺りを適当にぶらつこうか」

「その前にちょっといいかな」

「ん? いいけど、何?」


 私の申し出に、ソフィアちゃんが不思議そうな表情をその顔に浮かべる。


「こっち」


 往来おうらいでは話しづらいので、ソフィアちゃんを連れて人気のない場所へと移動する。


 路地に入ると、元々少なかった人通りが更に少なくなった。というか、人っ子一人いない。ここなら――


 誰もいない空き地に足を踏み入れる。


「で、話って?」


 それまで私の後を黙って付いてきていたソフィアちゃんが、ようやくそこで口を開く。


 深呼吸を一つ。心を落ち着かせる。


 大丈夫。きっと大丈夫。ソフィアちゃんならきっと。


「あのね、私――」


 すんでのところで言葉に詰まる。


 怖い。もしソフィアちゃんに否定されたら、拒絶されたら……。

 そんな事は有り得ないと自分に言い聞かせる私に、心の中のもう一人の私がささやく。全て台無しにするつもり、と。


 確かに、その可能性もなくはない。

 何も言わなければ少なくとも今の関係を保つ事は出来る。ソフィアちゃんの隣で一緒に笑い合う事が出来る。だけど――


 ふいに左手が握られる。お互いの右手はふさがっていて左手同士の握手のような格好になってしまっているけど、それはソフィアちゃんによる私へのエール。そして、なんでも聞くよというメッセージだった。


 私は意を決して、言葉の続きを告げる。


「ソフィアちゃんの事が好きなの」

「あ、うん。それは知ってるけど……?」

「そうじゃなくて、もっとこう深い意味で好きなの」

「深い意味?」

「だから、ライクじゃなくてラブって事!」

「……」


 私の叫びにも似たその言葉を聞き、ソフィアちゃんが驚いたように目を見開く。


 無理もない。友達としてずっと接してきた同性からそんな事を言われて、むしろ驚かない方がおかしい。


「ちょっと待って。一旦いったん頭の中整理させて」


 そう言ってソフィアちゃんが、何かを考える素振りをみせる。


 十分にも二十分にも感じられた沈黙の後、ソフィアちゃんが何かを発するべく口を開く。


「えーっと、まずいおは私の事が好きで、それはLIKEではなくLOVEって事でOK?」


 ソフィアちゃんの言葉に、私はこくりとうなずく。


「で、これがもっとも重要な確認事なんだけど――」


 もっとも、重要という言葉に、否応いやおうなしに心が揺れる。


 ソフィアちゃんの口からこの後どんな言葉が飛び出すのか、考えるだけで胸がドキドキする。


「私達って友達……?」

「え? あ、はい」


 予想外過ぎる質問に、私は思わず敬語になってしまう。


 えーっと、どういう事だろう?


「そっか……」


 そう言ってソフィアちゃんが、膝を抱えてその場にしゃがみ込む。


「え? え? 何? 何事?」


 状況が理解出来ない。何がどうしてこうなった? 私今、何か悪い事言った?


「動物園の帰り、駅で月の話したじゃない?」


 顔を自身の腕にうずめ、ソフィアちゃんがそう口にする。


 動物園? 月? ……あー。そういう事? いや、少しはそんな想像もしたけど、その後特に変化らしい変化がなかったから……あっ。という事は、急に距離が近くなったのって。


「もしかして私達付き合ってた?」

「少なくとも、私はそのつもりだった」


 あー。そう考えたら、突然近くなった距離にも合点が行くし、今回のペアリングも……。


 私は完全に友達のそれと捉えていたが、ソフィアちゃんはきっとそうではなかったのだろう。だとしたら、本当に悪い事をした。


「ごめんね」


 私はソフィアちゃんの前にしゃがみ込み、同じ高さに顔を持っていくと、そう謝罪の言葉を口にする。


「私達って友達?」


 顔を上げ、ソフィアちゃんが先程と同じ質問をしてくる。


 その瞳はかすかにうるんでおり、まるで捨てられた子犬のそれのようだ。


 可愛い。綺麗な上に可愛いなんて、ソフィアちゃんはホントズルい。男だから女だからなんて関係なく、こんなソフィアちゃんだから私は、初めて人を〝好き〟になれたんだと思う。


「私と付き合ってもらえますか?」


 答えの代わりに、今度はちゃんと言葉にする。同時に私は、左手をソフィアちゃんに向けて差し出した。


 勘違いは起こり得ない真っ向勝負。

 こちらの退路は封じた。後は、ソフィアちゃん次第……。


 一瞬の静寂。

 ソフィアちゃんは視線を一度下に向けると、再び私を正面から見据みすえる。そして――


「喜んで」


 私の左手を自らの左手で掴み、ソフィアちゃんが笑顔で私の告白に応じた。


 それは期せずして、文化祭で二度行われたやり取りにも似て、私はなんとなくその事に運命のようなものを感じてしまうのだった。

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