第13話(2) 指輪

 諸々もろもろの準備が済むまでの間、私達は店内を散策して時間をつぶす事にした。


「ピアスって、穴開ける時痛いのかな」


 目を落とした先にたまたまピアスがあったため、ソフィアちゃんにそんな事を尋ねてみる。


「さぁ、どうだろう? お母さんは開けてないし、お父さんは物心付いた頃にはすでに開いてたって言うから、私の周りには聞ける人いないのよね」

「あっ。国によっては、そういうのあるって聞いた事あるかも」


 だから、余所よその国で子供を産む時は注意が必要だ。なんの確認も躊躇ちゅうちょもなく、産まれた瞬間に耳に穴を開けられる事もあると聞く。


「何? 興味あるの?」

「ううん。全然。まったく。微塵みじんも」


 出来れば一生開けずに終わりたい。そのくらい嫌だ。


「まぁ、無理に開けるものでもないし、別にいいんじゃない。私も今のところ、開ける予定ないし」

「ソフィアちゃん。開けてもいいけど、普通の大きさにしてね」

「普通って何よ?」

「大きいと付けてない時にぞわぞわしちゃうから」


 たまに見掛ける、コインの投入口くらいの大きさの穴が開いている様は、なんでか分からないが鳥肌が立つ。


「あー。そういう事。大丈夫。私もそんな大きな穴、開けるつもりないから」

「なら、いいけど」


 ソフィアちゃんとはこれからも長い付き合いになる予定なので、そうしてもらえると非常に助かる。


「じゃあ、イヤリングはどう? これなら、耳に穴開けずに付けられるわよ」

「いや、装飾品自体、私は別に……」


 好んで付けたいとは思わないし、そもそも似合わないと思う。


「ペアリングはいいのに?」

「それとこれは話が別というか、なんというか……」


 髪飾りと同じで、ソフィアちゃんとお揃いだから付けるのであって、そこに余程の理由がない限り、私が装飾品を付ける事は少なくとも高校生の内は絶対にない。


「うふふ。ありがと」

「なんでお礼」

「だって、そういう事でしょ?」

「……」


 答えに困り、私は口を閉ざす。


 沈黙は金というやつだ。とはいえ、目は口程に物を言うといいことわざもあるので、どちらにしろ今の状況では無意味とまでは言わないが、あまり意味はないのかもしれない。


「いおのそういうところ、私好きよ」

「――!」


 笑顔でなんて事を言うんだ。相手が私じゃなければ、卒倒していたぞ、多分。まったく。ソフィアちゃんには、自身の攻撃力の高さを自覚してもらいものだ。至近距離でミサイルランチャーをぶっばなされる、こちらの身にもなって欲しい。そう考えると、それに耐える私は相当な防御力を有しているとも言える。


 ……なんのこっちゃ。


 そうこうしている内に準備が出来たようで、正面奥のショーケースに二人で呼ばれる。


「すみません。大変お待たせしました。ネックレスの方がこちらと、リングの方がこちらでご用意しております」


 先程の台の上に置かれたチェーンと指輪をそれぞれ手で示し、店員さんがそう私達に告げる。


「内側にさっき書いてもらった刻印が入ってるので、手に取って確認して頂いてもよろしいですか?」


 言われるまま、私達は指輪を一つずつ手に取り、中を覗き込む。


 指輪の内側には、確かに私が書いたイラストがしっかりと刻まれていた。


「へー。凄っ」

「はい。大丈夫です」


 確認が済むと、私達は指輪を元の場所に戻した。


 その後、指輪の手入れの仕方の説明があり、そして――


「付けていかれますか?」


 これから購入という時になって、店員さんが私達にそんな事を聞いてくる。


「はい。折角なんで」


 私が考える間もなく、ソフィアちゃんがまるで前以て決めていたかのように、そう即答する。


 いや、別に私はどちらでも良かったのでいいんだけど。


 とりあえず、指輪を手に取って、と……うん?


 先程説明を受けたので間違いないと思うのだが、右が私で左がソフィアちゃんの指輪のはずだ。なのに、右にあった指輪は今ソフィアちゃんの手の中に。どういう事?


「付けてあげる」

「え? なんで?」

「いいから」


 よく分からないが、ペアリングとはそういうものなのだろうか。私が知らないだけで、購入時のルールみたいなものがあるのかもしれない。


 というわけで、大人しく左手を差し出す。


 ゆっくりと、私の左手の小指に指輪が入れられていく。


 なんだろう? 凄く恥ずかしい。店員さんの視線も、どことなく微笑ほほえましいものを見るような感じになっており、それが恥ずかしさに更に拍車はくしゃを掛ける。


「はい。入ったわよ」


 指輪の収まった左手を、なんともなしに見つめる。


 なんだか不思議な気分だ。


「いお」

「ん?」

「ん? じゃないわよ。次はいおの番」

「あー……」


 そうか。ソフィアちゃんが私に付けたのだから、その逆も当然必要か。


 残された指輪を手に取り、差し出されたソフィアちゃんの左手の小指にそれをはめる。


 初めての作業で緊張したが、なんとか上手くはめる事が出来た、と思う。


「おめでとうございます」


 なぜか店員さんに、お祝いの言葉を掛けられる。


 ペアリングの購入とは、こういうものなのだろうか? いや、さすがに違うか。

 とにもかくにも、この空間から早く脱出したい。私が今強く願うのは、唯一それだけだった。

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