第13話(1) 指輪

 土曜日。時刻は十時前。私とソフィアちゃんは電車を乗り継ぎ、切峰きりみね市駅にやってきた。


 切峰市駅は駅員のいないような小さな駅で、周りにあるのはスーパーと和菓子屋、後は数件の専門店ぐらいなものだ。


 周辺は寂れており、お世辞にもにぎわっているとは言えない。一つ前の切峰駅が大きく、またデパートや大型スーパーマーケットに加え飲食店や文化センター等の施設やお店に恵まれ賑わっているだけに、余計にすたれているように感じてしまう。


 切峰駅と切峰市駅、一字違いでこうも大きな差を付けられてしまうとは……。

 ちなみに、この辺りの地理に明るくない人間が電車に乗ると、結構な割合で降車駅を間違えてしまうので注意が必要だ。切峰駅で降りなければいけないところを切峰市駅で降りようとして連れの人に止められているシーンは、最早もはやこの辺りの風物詩と言っても過言かごんではないだろう。それくらいよく見る。


 駅を出て、商店街の方に向かう。


 と言っても、今では半数近くが店を閉めていて、現在のこのさまはとても商店街と呼べる雰囲気ではないが。


 その中の一角に、今日行くお店はあった。

 ジュエリー河合かわい。三階建てのビルの一階が店舗になっており、前面は全体がガラス張りになっている。


 ソフィアちゃんの後に続き、店内に入る。


 店に入るなり、「いらっしゃいませ」という声に出迎えられた。


 正面奥にあるショーケースに向かって、通路がすーっと一本伸びている。


 ショーケースの後ろと両脇にはそれぞれ人がれ違える程の空間を開けてパーテンションが置かれており、その向こう側はいわゆる作業場になっているようだ。


 一本縦に伸びた通路を挟むようにして、左右にそれぞれ縦向きのショーケースが二つずつ並ぶ。それらのショーケースの四方は全て通路となっており、どの角度からも見られるようになっている。つまり、田んぼの田の字のような感じに通路が伸びている形だ。


 更にショーケースは左右の壁側にもあり、それ程広くない店内に総勢十個以上のショーケースが存在する形となっていた。


 こういうお店に初めて入る私は、すっかりお上りさんの気分で、キョロキョロと店内をいそがしなく見渡してしまう。



 店員は二人、どちらも女性だ。一人は接客中、もう一人は壁際に控えている。お客さんは私達を除くと二組、両方若い男女のカップル――いや、二人組だ。


「まずは、どんなのがあるか見て回りましょ」


 頷き言われるがまま、私はソフィアちゃんの後を付いて回る。


 ショーケースの中には、様々な指輪が並んでいた。装飾が大きな物から小さかったりなかったりする物まで色々。そして値段も……。

 一、十、百、千、万、十万……。


「うわぁ」

「いお、声出てる」

「おっと」


 ソフィアちゃんに言われ、慌てて口を押える。


 あまりにも桁外れな金額に、思わず心の声がれてしまっていた。


 こんなのアレじゃん。ガチなやつじゃん。いや、ガチで別にいいだけど。そういうお店だし。


「そんな普通の高校生じゃ手が出せないやつじゃなくて、もっと現実的な物に目をやりなさい」

「……」

「何よ」

「だって、ソフィアちゃんの口から普通の高校生なんて言葉が出るなんて」


 出会った頃には考えられなかった。人は変われば変わるものだ。


「ほら、これなんていいんじゃない?」



 何かを誤魔化すように、ソフィアちゃんがそう言って、わざとらしく指輪を覗き込む。


 どうでもいい事を引っ張っても仕方ないので、私もそれに乗っかる。


 色はシルバー、上側に石が十五前後付いているがどれも小さく、全体のデザインはシンプルと言える。ただ、値段は一万二千円と想定をいくらかオーバーしていた。


「一万二千か……」

「これ、二つセットの値段よ」

「あ、マジで?」


 確かに、指輪は二つ重なるように置かれていた。


 つまり、ソフィアちゃんの言うように、そういう事なのだろう。


 セットとなれば一人辺りの値段は半分、六千円くらいになる。そう考えるとお手軽価格だ。


「お客様」


 近くで声がしてそちらを向く。店員さんがそこに立っていた。


「何かお探しですか?」

「ペアリングが欲しいなと思って」


 店員さんの質問に、ソフィアちゃんが答える。


「お二人で?」

「はい」

「なるほど。何か気になる物はございましたか?」

「これが気になってて」


 店員さんの質問に、ソフィアちゃんが指輪に視線を向け答える。


「そうですね。こちらなら、きっとお二人にお似合いになると思います。ショーケース開けてみましょうか?」

是非ぜひお願いします」


 すっかり店員さんの対応はソフィアちゃん任せ、私はその横で二人のやり取りをただただ見守るばかりだった。


 店員さんがショーケースを開け、そこから指輪を取り出し――


「どうぞ、お手に取ってご覧ください」


 マウスパットくらいの大きさの台(?)に置き、私達にそうすすめてくる。


 先にソフィアちゃんが指輪に手を伸ばし、私もそのすぐ後に続く。


「うん。いい感じだと思います」


 指輪を色々な角度から見た上で、ソフィアちゃんがそんな風に答える。


「いおは?」

「え?」


 聞かれ、私も慌てて指輪を確認する。


「えっと、大丈夫です」


 何がどう大丈夫なのかは自分でも分からないが、それ以外の返答が思い浮かばなかったのだから仕方ない。


「じゃあ、これを貰います」


 ソフィアちゃんが指輪を戻したため、私も続けて戻す。


「ありがとうございます。お付けになる指はどうしましょうか?」

「左手の小指にしようかなって」

「サイズは、ご存じですか?」

「私は分からないですね。いおは?」

「私も分からないです」


 そもそも、指輪自体を付けた事がないので、サイズなんて知るはずもなかった。


「そうですか。なら、良かったらお測りしますね」


 断る理由もないためお願いする。そして――


「商品の方お持ちしますので、少々お待ちください」


 そう言うと、指輪の置かれた台を手に店員さんが店の奥へと引っ込んでいった。


「ごめんね、全部ソフィアちゃんに答えてもらって」

「いいってそれぐらい。言い出しっぺは私だし」

「ありがと」

「どういたしまして」


 程なくして、指輪の置かれた台を手にした店員さんが、私達の元へ戻ってくる。


「お待たせしました。一度指にはめてみて、ご確認の方お願いします」


 指輪を手に取り、それぞれ左手の小指にはめる。


「うん。問題ないかな」

「私も問題ないです」

「お二人共、大丈夫そうですね」


 その後、指輪に付けるチェーンを勧められ、それも購入する。そして――


「後、五百円でリングの内側に刻印が入れられるんですけど、どうしましょう?」

「是非お願いします」

「何を入れたいっていう、ご希望はあったりしますか?」


 店員さんの言葉に、私達は顔を見合わす。


「オリジナルのイラストとか入れたりする事って、出来るんでしょうか?」

「簡単な物なら。試しに、こちらに書いて頂いてもよろしいですか?」

「いお」

「私!?」


 突然名前を呼ばれ、私は思わず驚きの声をあげる。


「いおの方が絵上手いんだから、当然でしょ」

「うん。分かった」


 渋々、用意された紙にボールペンでイラストを描く。


「あー。これなら、多分いけると思います。確認してきますね」


 指輪とチェーンが置かれた台と紙を持って、再び店員さんが店の奥に足を進める。


「良かったわね」

「うん」


 まだ確定ではないが、とりあえず当初の予定通り事が運びそうという事で、私はほっと胸を撫で下ろす。


 ――と同時に、この後の事を考え、少し憂鬱ゆううつな気分になる。


 ペアリングを買ってその後は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る