第7話(2) 子連れ

 結構な時間、立ちっぱなし歩きっぱなしだった私達は、目に付いた休憩所きゅうけいじょに入り、そこで一息吐く事にした。

 その休憩所は前方の全面がガラス戸になっており、また横側も大きな窓になっているため、非常に開放感があった。つまり、外からは入りやすく、中からは園内の様子が目で楽しめる、そんな造りとなっている。


 辺りを見渡しながら、ソフィアちゃんと共に奥に進む。


 一階建ての室内は、右にテーブルや椅子に加え給水器や自動販売機が置かれており、そこで飲食も出来るようになっていた。左にはくつを脱いで上がる小上がりのスペースがあり、そちらでは主に親子がくつろいだり子供がはしゃいだりしていた。


 奥にはトイレと共に、そちらには授乳室やオムツ替えの場所もあるようで、子連れに配慮した造りとなっている。


 私達は自動販売機で飲み物を買うと、空いていた四人掛けのテーブルに向かい合って座る。ちなみに、テーブルは四人掛けの他に六人掛けの物もあり、どちらか好きな方を選べるようになっていた。


「さすがに疲れたね」


 椅子に座るなり、私はそうソフィアちゃんに言う。


「そう? 私はまだまだ余裕だけど?」


 どうやら、それは強がりではないようで、ソフィアちゃんの顔に疲労の色は全くと言っていい程見受けられなかった。


「動物園は、ここが中間地点って感じかな?」

「うーん。位置的にはそうだけど、最後のエリアには建物の中を周るものもあるから」

「あ、そっか」


 ソフィアちゃんの言葉で、私の中の記憶が呼び起こされる。


 園内MAPで見ると、動物園は本園と北園という二つのエリアに分かれている。右側の大部分を占めるエリアが本園、左の下半分の約八割を占めるエリアが北園だ。ちなみに、正門からずっと歩いてきて、尚且なおかつ私達が今現在もいるのが前者である。

 本園にも建物の中を進む物はあったが、それはどれも一階建てでしかも一本道をただ行くだけで、見て周るという感じではなかった。しかし、北園にある二つの建物は、階層が分かれていたり見る範囲が広かったりと、まさに建物内を見て周る施設であり、当然鑑賞には相応の時間が掛かる。北園の敷地面積が本園の半分以下だからと言って、見る時間もそれに比例するとは考えない方がいいだろう。


 何気なく、掛け時計に目をやる。


 現在の時刻が十一時二十二・三分といったところ。入園したのが十時前だから、ここまで来るのに一時間半程の時間を有した計算になる。仮に同じ時間を後半でも消費するとなると、動物園を周り終わる時間は十三時前。後半は更に時間が掛かるという話だから、実際にはそれよりもっと遅くなるはずだから……。


「お昼ご飯どうする?」


 当初の予定では動物園を全て周り切ってから取る事になっていたが、それが十三時を大分過ぎるとなると少し考えものだ。


「今のエリアを周り終わると、おそらく十二時前後になると思うから……。まぁ、そのタイミングで食べてもいいかもね」

「じゃあ、そうしよっか」


 お腹が空いた状態で、本日の主役に会いに行くわけにはいかないし。


 最後のエリアにある自然動物館という建物の中には、ジャコウネコと再登場となるコツメカワウソがいる。まさに本日のメインディ――もとい、お目当てがそこに集まっているわけだ。


 ペットボトルのふたを開け、それを口に運ぶ。


 暦の上では秋どころか冬に差し掛かっているとはいえ、今日の最高気温は二十八度超え、外を歩けば汗がにじむし水分が恋しくなる。まぁ、でも、一時期に比べればこれでも大分マシになった方だが。


「やっぱり、子供連れが多いわね」


 同じく自分のペットボトルに口を付けたソフィアちゃんが、室内を見渡しそう口にする。


 椅子だけでなく直に座れる小上がりの場所があるという事もあるのだろうが、確かに室内には親子の姿が多く見受けられた。


「動物園だしね」


 なんとなく、動物園や水族館は親子かカップルが多いイメージがある。まだ遊園地の方が友達同士で行きやすいというか、行ってもおかしくないというか、とにかくそんな感じだ。


「私達もいつか、子供を連れてこういうとこ来るようになるのかしら」

「子供、ね……」


 って事は、男性と結婚して――だよね。ちょっと想像出来ないかも。大体、私はその前段階の付き合うところの想像すら出来ない。


「別に、自分で産まなくても里親制度もあるし、可能性はゼロじゃないでしょ?」

「え? 里親? なんの話?」

「だから、子供の話」

「あぁ。けど、ああいうのって結婚してないとなれないんじゃ……」


 なんか、ニュース番組でそんな話を聞いたような気が……。


「それは特別養子縁組の話でしょ? 血縁上の親子関係を断ち切って、引き取った方とだけ親子関係を結ぶっていう」

「へー。特別って事は、普通もあるの?」

「普通の方は引き取り先だけじゃなくて、血縁上の親とも関係が続くパターンね。戸籍にもその旨が記載されてるから、見たら分かっちゃうみたい」

「なるほど……」


 そういう違いがあるのか。全然知らなかった。というか――


「ソフィアちゃん、なんでそんなに詳しいの?」


 すらすらと言葉が出てくる辺り、相当しっかりと頭に入っている感じだ。


「漫画の影響でね、昔調べたのよ」

「あぁ」


 確かに、私も漫画に出てきた事を詳しく知りたくて、調べた経験がある。司書教諭や養護教諭は教員免許を持っているのかとか、マタタビは本当に猫に効くのかとか。ソフィアちゃんの養子縁組も、それと似たようなものという事か。


「義理の兄妹きょうだいって、本当に結婚出来るんだよねー」

「何、急に?」


 私の唐突と思われても仕方ない話題転換に、ソフィアちゃんがいぶかしげな声を上げる。


「いや、養子繋がりでなんとなく思い出して」


 昔漫画まんがでそういう展開があって、すぐにネットで調べた。そして、本当に出来ると知った瞬間、思わず「マジか……」とつぶやいた。


「法律上は出来ても、実際は色々と難しいでしょうね。それまで、本当の兄妹として育ったなら尚更」

「だよね」


 何事も漫画のように上手くはいかない、か。


 世間は普通を良しとして、異質なものを排除しようとする。だけど私は――

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