第6話(3) 被写体

 その心配は早々に杞憂きゆうと分かる。

 なぜなら、次に訪れたマレーバクに対してソフィアちゃんは、特に反応を示さなかったのだ。


 サイとバクの違いか。いや、ただ単に、なんとなくそれっぽい事を言ってみただけかも。あるいは、私をからかうための悪ふざけという線も……。どちらにしろ、気にするだけ損というやつだろう。


 マレーバクもインドサイと同じく三分程で消化し、次の動物の元に向かう。


 次はみんなお待ちかね、コツメカワウソだ。


 ここでは、建物の中を外からのぞける造りとなっていた。人一人分程の柱を挟んで、中くらいの窓が三方に二つずつある感じだ。左側には段差も設けられており、そこに登れば上から中を覗き込む事も出来る。


「可愛いー」


 窓に張り付き、中を覗き見る。


 ガラスの向こうには五頭のコツメカワウソがいて、それぞれ仲間とじゃれたり泳いだり丸まったりしていた。

 もう、その全てが可愛かった。


 カシャっという音がしてそちらを向くと、スマホをこちらに向けて構えるソフィアちゃんの姿がそこにあった。


「もー。なんか言ってから撮ってよ」

「ごめんごめん。あまりにも可愛かったからつい」

「ホントー?」


 横からスマホを覗き込み、そのソフィアちゃんが思わず撮ってしまったという可愛い瞬間を拝ませてもらう。


 どれどれ――


「って、私しか映ってないじゃん、これ」


 カワウソの可愛い姿を期待して意気揚々と覗き込んだスマホには、私の横顔しか映っておらず、カワウソのカの字も見当たらなかった。


「可愛いでしょ?」

「いや、そういうの、ホントいいから。撮るならちゃんと撮ってよ」


 まったく。今日のメインは、あくまでも動物だというのに。動物だけの写真ならともかく、人間だけの写真を撮って一体どうしようと言うのだ。


「まー、冗談はこれくらいにして」


 冗談だったのか。ソフィアちゃんの場合、本気でこういう言動を取りねないので、どちらか判断が付きづらい。


「それじゃあ――あ」


 そう声を上げると、ソフィアちゃんは構え掛けたスマホを胸の前に下ろす。


「思ったんだけど、どうせ撮るなら、いおのスマホで撮った方がいいんじゃない? そっちの方が画質いいんでしょ?」

「え? あー。うん。じゃあ、そうしてもらおうかな」


 画質の差がどこまで出るか分からないが、折角なら少しでも綺麗にカワウソを撮ってもらいたい。最悪、私にピントが合っていなくてもいい。カワウソさえ綺麗に映っていれば……。


 というわけで、スマホを取り出し、カメラアイコンをタップして写真を撮れるようにしてから、ソフィアちゃんに手渡す。


「はい」

「ん」


 ソフィアちゃんが、受け取ったスマホをおもむろに構える。

 画面への収まりを見ているのか、スマホを小刻みに動かすソフィアちゃん。そして――


「いお、もう少し右行ける?」


 ソフィアちゃんから指示が飛び、私は言われるがまま体を右に移動させる。


 もう少しというのがどのくらいか分からないので、その辺りは完全にかんだ。あえて言語化するなら、半歩横にズレたといった感じか。動く時に半歩を意識したかと言うと、決してそうではないが。


「OK。いい感じ。撮るよー」


 そう言われて、なんとなく表情を整える。


 自分では薄っすら笑っているつもりだが、果たして出来ているのか。昔から、写真は苦手だ。


「三、二、一」


 カウントダウンの後、スマホからカシャっという音が鳴る。


「うん。完璧」


 撮影した当人は、その出来にご満悦まんえつの様子。相当いい写真が撮れたのだろう。


 どれどれ――


 写真の出来を確認すべく、横からスマホを覗き込む。


「おー」


 確かに、いい出来だ。今度はちゃんとカワウソも私の後ろに映り込んでいて、小さいながらもその姿がしっかり確認出来た。私の表情も、まぁ悪くはない。いいかと言われたら、うーんと言った感じだが。


「ありがとう」


 お礼を言って、スマホを受け取る。


「どういたしまして。やっぱり、被写体がいいと撮りがいがあるわね」

「おっ。ソフィアちゃんもついに、カワウソの可愛さに目覚めちゃった?」


 同志どうしが増えるのはいい事だ。それが、仲のいい人なら尚更、ソフィアちゃんなら更に尚更なおさら


「そうね。カワウソも可愛かったかも」

「でしょ? 見た目も可愛いのに、仕草も可愛いなんてもう反則だよ」

「え? あぁ、うん」


 私の勢いにされたのか、ソフィアちゃんが少したじろぐ。


 しかし――


「確かに、反則だわ」


 すぐに立ち直り、そう口にした。


 そっかそっか。ソフィアちゃんもついに、カワウソの魅力に目覚めちゃったか。カワウソ可愛いからなー。目覚めちゃうのも仕方ないよね。


「だったら、ソフィアちゃんも写真撮ってあげようか?」

「いや、私は――」

「遠慮しなくていいから」


 私はなかば強引にソフィアちゃんを窓の前に立たせると、スマホを構えた。


 不思議な事に、構図はすでに完璧だった。まるで早坂ソフィアが自然とそうした事が、この世の正解かのように。


「じゃあ、撮るよー」


 カウントダウンの前に声を掛ける。


 それまで戸惑った表情だったソフィアちゃんの顔が、今から写真を撮るとなった瞬間に微笑に変わった。


「……」


 画面に収まったその姿を見て私は思う。やはり、ソフィアちゃんはズルい、と。

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