第6話(2) 被写体

 電車に揺られる事、およそ一時間。南川動植物園の最寄り駅に到着する。


 駅を出ると、すぐ目の前にゲートが建っていた。

 歩いて三分程でその前に着く。まさに目と鼻の先といった感じだ。


 周囲には、動植物園の客と思われる人々がたくさんいる。子供からお年寄りまで、人種を含めてまさに千差万別、十人十色だ。

 その中には当然二人組もいる。カップル、夫婦、友達。傍からそう見える組み合わせの人々。


 私達は周りからどう見られているのだろう。

 友達? あるいは……。


「いお?」


 ぼーっとしていた私の思考を、ソフィアちゃんの声が呼び戻す。


「ごめん。結構人多いなって」

「あー。休日だしね。チケットは……あそこで買えるみたい」


 私が適当に言った言い訳を特に気にする様子もなく、ソフィアちゃんが券売機のある方を指で指し示す。


「行きましょ」

「うん」


 ソフィアちゃんにうながされ、私は券売機に近付く。

 券売機でそれぞれチケットを購入すると、それを受付のお姉さんに見せて園内に入る。


 ゲートをくぐってまず目に飛び込んできたのは、広場中央に鎮座ちんざした大きな噴水だった。

 土台の上に乗った、たるに円盤が被さったような造りの本体から、水が勢いよく上に向かって吹き出している。その周りは円状の池のようになっており、全体をさくに囲われていた。


 物こそ違えど出入り口付近に円状の物があるのは、こういった施設あるあるなのだろうか。銅像しかり、モニュメント然り。

 何か明確な理由があるのなら、是非ぜひとも知りたいものである。


 噴水の次に目に入るのは、左上に浮かぶレール。あれは、園内を走るモノレールの物だ。

 動物園から植物園までを繋ぐ便利な移動手段だが、動物園を見て周る分には必要ない。乗るとしたら、帰る時だろう。

 ただし、別途料金は掛かるので、乗る必要がなければ無理に乗らなくてもいいかもしれない。


 一通り辺りを見渡した後、隣に目をやる。


 目を輝かす美少女がそこにいた。

 辺りをキョロキョロと見渡す姿は、どこか子供っぽくて可愛らしい。格好とのアンバランスさがまた……。


「とりあえず、カワウソのいる建物まで適当に見ながら進みましょ」

「あ、うん」


 ワクワクが抑えきれないといった感じのソフィアちゃんに対し、私は込み上げてくる笑いを必死に抑えてそう返事をする。


 肩を並べて歩き出す。


 噴水を越えると、左右に動物達が見えてきた。右にはサイ、左はバクがいる。


「位置関係的にサイ、バク、カワウソの順番かしら?」

「だね。じゃあ、まずはサイから」


 カワウソのいる建物は左側に位置している。そのため、右、左、そのまま直進がルートとしては最適かつ効率的だ。


 という事で、栄えある本日最初の動物はサイに決定した。

 柵に囲まれた空間にサイが一頭、四つ足を折りたたむように水の中に座っていた。


「大きいわね」


 とソフィアちゃんがサイに対する第一印象を口にする。


「軽自動車くらい?」


 私もそれに乗っかる。


「それくらいかしら? あんなのに突進されたら、それこそ交通事故ね」


 まぁ、良くて大怪我、命が助かればもうけものといったところか。

 ……普通に生きていてそんな機会ないとは思うが、用心するに越した事はない。何をどう用心したらいいかは不明だが。


「サイって、あの角を採るために乱獲されたのよね」

「うん。なんか、漢方になるとか」


 がんに効くという話もあるが、さすがにそれは眉唾まゆつばな気がする。


「ホントー?」

「さぁー。そもそも漢方自体、医学的根拠のない物が多い存在だから」


 一部には科学的根拠が証明されている物もあるらしいが、その数は決して多くない。医学は西洋、漢方は東洋が起源とされているので、その二つには相容あいいれない部分が多々あるのかもしれない。私は専門家ではないので、よく知らないが。


「ふーん。そっか」


 ソフィアちゃんも、本気でサイの角の有用性を聞きたかったわけではないらしく、その返事は軽いものだった。


「インドサイ、だって」


 柵の前に置かれた、動物の説明文の最上部に書かれた名前の部分を、ソフィアちゃんがなんともなしに読み上げる。


「インドサイって言うくらいだから、インドから来たのかしら?」

「どうだろう? 日本で繁殖したのかも?」


 種の保存は、動物園の存在意義の一つだ。そのため、生き物の繁殖にも力を入れている。時にそれは、県あるいは国をまたいだミッションにも発展する。


「確かに、そっちの可能性もあるわね。異国の地で生まれ、頑張がんばってるのかしら」


 何やらソフィアちゃんは、インドサイにシンパシーを感じているようだ。


 厳密にはソフィアちゃんはハーフどころかクォーターだし、そもそも人間と動物では全然違うと思うのだが……。まぁ、あえて何も言うまい。


「そろそろ次に行こうか」


 このままいると変に長くなりそうなので、私はソフィアちゃんにそう切り出す。


「そうね。行きましょうか」


 少しうれいに満ちた瞳でインドサイを最後に一瞥いちべつした後、ソフィアちゃんが振り返り、次の動物であるバクの元へと歩き始める。


 動物園にいる生き物のほとんどが海外にルーツのあるものばかりだと思うのだが、この調子でずっと行くのだろうか。さすがにそれはないか。……ないよね?

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