第二章 十三夜
第5話(1) 予定
「ジャコウネコ見に行かない?」
昼休み。私とソフィアちゃんはいつものように屋上前の階段に並んで腰を下ろし、昼食を取っていた。今は食事を終え、まったりしているところだ。
「ジャコウネコってあの?」
普段聞き慣れない生き物の名前を
ジャコウネコと言ったら、
「そう。あのコーヒーで有名な」
やはり、そうか。
本来は高級なコーヒー豆を作るために協力してくれる生き物なのだが、その方法があまりにも特徴的なせいで、残念ながら世間ではそちら方面の印象が強く出てしまっている。
「でも、なんで急に?」
パンダやコアラと違って、ジャコウネコなんて余程の事がない限り、話題に上がる事はない生き物だ。それどころか、なんとなく存在は知っていても、名前までは知らないという人が大半だろう。
「昨日テレビでやってて。
「へー」
それは知らなかった。
南川動植物園は、県内にある有名な教養施設だ。どのくらい有名かと言うと、その手のランキングでは常にトップテン入り、日本に住んでいれば知らない人はほとんどいない、と言えばその有名度合いは伝わるだろうか。
園内には他に遊園地も
「というわけで、今度の土曜日行ってみない?」
「別に、いいけど……」
動物園なんていつ以来ぶりだろう。中学生時代に行った記憶はないから、少なくとも三年以上……。とにかく、
「いおはどんな動物が好きなの?」
「私は……カワウソとか?」
ソフィアちゃんに聞かれ、私は少し考えた末にそう答えた。
「あー、確かに
「みたいだね」
たまに、家で飼っているカワウソの、ネットに上げられた動画を目にする事がある。どれも普通の一軒家で撮られているものばかりで、飼う上で特に変わった設備や用具は必要ないらしい。人によっては
「飼おうとは思わないの?」
「いや、好きだからって簡単に飼えるものじゃないでしょ。生き物なんだし」
飼育には責任と覚悟が
「それもそうね」
ソフィアちゃんも本気で聞いてきたわけではなかったようで、すぐさま私の意見に同意してみせた。
「カワウソって、日本にも住んでるのよね?」
「うーん。らしいけど、二ホンカワウソは絶滅してもういないっていう話も……」
最後に正式に確認されたのは五十年近く前なので、そういう判断がされるのも仕方ないと言えば仕方なかった。
「何がどう違うの?」
「顔と系統?」
「あ、見たら分かるのね」
「いや、専門家でも、よくよく見ないと分からないみたい」
だから、DNA鑑定を行って初めて、そうだと分かるらしい。
まぁ、どちらかと言うと、違う事が分かるといった方が現在では正しいのだが。
そもそも、世界的には二ホンカワウソはユーラシアカワウソの亜種とする考えもあり、そういう意味でも判断は難しい。
「そう、なんだ……」
私の話を聞き、ソフィアちゃんが微妙な表情を浮かべる。
言わんとする事はなんとなく分かる。が、ここはあえてスルーしよう。
「ちなみに、日本でペットとして流通してるのはコツメカワウソという種類で、体が小さいのが特徴。小さい分飼いやすくて、そこも人気の一つみたい」
日本の家屋は欧米に比べると小さくて狭い事が多いし、小さい生き物が
「やけに詳しいのね」
「昔、調べたから」
「それは飼おうとして?」
「まぁ、うん。そう」
小学生の頃はまだ、生き物を飼う事の大変さをよく知らなかったため、本気でカワウソを飼おうとしていた。両親の説得もあり結局断念したが、今になって考えるとあの判断は正しかったと思う。どう考えても当時の私に、生き物の世話なんて出来るはずないのだから。
「そう言えば、前にソフィアちゃんはタヌキ飼いたいって言ってたよね?」
「……そんな事言ったかしら?」
とぼけたというより、今のは本気で思い至らなかった顔だ。
「ほら、文化祭の時、メイド
「あー」
そこまで言われて、ようやく思い出したらしい。
なんか、怪しい。本当にそう思っているのなら、こんな反応するだろうか。あれはその場の出まかせ、方便だったのだろうか。
「タヌキ、好きじゃなかったの?」
「あれは、アライグマよりって話だったでしょ」
「でも、出来るものなら飼いたいって」
「……それより、動植物園で何を見たいか話し合いましょ。時間も限られてるし、取捨選択って必要だと思うの」
そう言うとソフィアちゃんは、スマホを取り出し何やら調べ出した。
「あ、うん。そうだね」
私としても、その意見には賛成なので特に話題を引っ張る事なく、ソフィアちゃんの話にさらりと乗っかる。
まぁ、そういう事もあるよね。
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