幕間

SS4 衣替え(第4話数日後のお話)

 九月も終盤に差し掛かり、夏服を着る生徒はすっかり少数派と化していた。四人に一人といったところだろうか。いるにはいるが、なんとなく肩身が狭いというかなんというか……。


 かくいう私もその少数派の一員で、未だに衣替えを果たせずにいた。


 いや別に、とっとと替えればいいのだが、いつにしよういつにしようと悩んでいる内に、いつの間にかここまで来てしまった。もうこうなると、全生徒が完全に移行する十月一日まで待ってやろうかという、訳の分からない意地みたいなものすら芽生え始めてくる。


 さて、どうしたものか。


 教室内をちらりと見渡しながら自分の席までやってきた私は、ソフィアちゃんと挨拶あいさつを交わしてからその自分の席に腰を下ろした。


 諸々もろもろの準備を済ますと、私は椅子いすに横向きで座る。


 なんともなしに、後ろの席に目をやる。


 ソフィアちゃんも私同様、まだ夏服だった。


 半そでから伸びる白く長い腕、薄くなったスカート下部に浮かぶ本来なら見えるはずのない太もも中段。冬服になったらこれが拝めなくなるのかと思うと、少し寂しさを感じなくもない。


「何? じろじろと見て」


 さり気なく見ていたつもりだったが、当人にはバレバレだったようだ。


「いや、今日もソフィアちゃんは可愛かわいいなと思って」

「そう? ありがとう。でも、いおも私に負けず劣らず可愛いわよ」

「ありがとう……」


 ジョーク交じりのめ言葉に対し、思ったよりスマートな答えが返ってきて、思わず私は少したじろいでしまう。


「で、本当は?」

「……」


 私の浅はかな誤魔化ごまかしなど、ソフィアちゃんはすっかりお見通しらしい。


「いやー、ソフィアちゃんの夏服もそろそろ見納めだなって」

「あぁ」


 あきれられるかと思いきや、意外にも私の言葉にソフィアちゃんは納得した風だった。


「夏服の人、大分少なくなってきたしね」


 教室内をちらりと見渡し、ソフィアちゃんがそんな事を言う。


「ソフィアちゃんはいつ衣替えするの?」

「いおが替えたらにしようかな」

「えー」


 あわよくばソフィアちゃんにその判断をゆだねようと思ったのに、逆に委ねられてしまった。


「じゃあ……明後日?」


 明日だと準備が間に合わないかもしれないので、一日開けて――といった感じだ。


「明後日ね。了解。忘れず準備しておくわ」


 私も、忘れないように今日の内に準備しておかなければ。試着で一度着たっきりなので、何も問題はないと思うが。


 というか、待って。もしかしなくても、ソフィアちゃんの冬服バージョンって初お披露目ひろめじゃない? どんな感じなんだろう。似合っていて可愛いのは当然として、問題はそれがどういった形で似合っていて可愛いかだ。最悪、死人が出る可能性も考慮に入れるべきだろう。


「いおがまた、変な事考えてる」

「な、なんで?」

「顔、にやけてる」


 言われ、自身の顔に触れてみるが、当然よく分からなかった。


「何考えてたの?」

「……ソフィアちゃんの冬服、どういう感じかなって」

「それでそんな顔になる?」

「……」


 そんな顔とはどんな顔なのだろう? 今後のためにもこの目で一度見ておきたいような、見たくないような……。


「いおって、ホントに私の事好きよね」


 そう言って、ソフィアちゃんが優しく微笑ほほえむ。


「……悪い?」

「別に、悪くないわよ。それ自体はうれしいし、私もいおの事好きだから」

「……」


 さらりとそんな台詞せりふを吐くなんて、ソフィアちゃんは本当にズルい。


「あ、そうそう。衣替えした写真送って欲しいって、お母さんが」

「そっか。その前に引っ越しちゃったから」


 ソフィアちゃんの両親は、先週の金曜日に福岡へと旅立った。当日私は早坂家に泊まりに行ったが、その時のソフィアちゃんはどこか寂しそうだった。


「じゃあ、明後日私がってあげるよ」

「ありがとう。後はいおのワンショットとツーショットもお願いね」

「私のワンショット?」


 ツーショットはまだ分からないでもない。けど、私のワンショットはどう考えても早坂家と無関係だろう。


「お母さんからの要望だから」

「へ? そうなの?」


 なんでまた。


「お母さん、相当いおの事気に入ってるみたいよ」

「そうなんだ……」


 まぁ、嫌われてはないとは思っていたが、相当気に入られているとまで言われると、なんだかむずがゆいものがある。


「私もいおの事、相当気に入ってるから」

「あ、はい……」


 急に、なんのアピールなんだ? 困惑のあまり、思わず敬語になってしまったじゃないか。


 ソフィアちゃんは、時々何考えているのか分からない時がある。

 まぁ、ソフィアちゃんからしてみたら、お前が言うなって感じなのかもしれないが。

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