第19話(2) 体育祭(昼休み)

 中庭にはいくつかの座れる場所が存在する。

 四人掛けのベンチが四脚。十人は優に座る事が出来る、大木をぐるりと囲うベンチが一脚。その他に舞台もあり、更にその観客席を兼ねた湾曲した低い階段もあるので、全てを合わせたら五十人は間違いなく座られるだろう。


 そんな状態なので、当然私達も座る場所に困る事はなかった。


 空いていた舞台の隅に、四人で足を出して座る。

 ちなみに、舞台には他にもう一組昼食を取っているグループがいたが、そこと私達は広い事もあり大分距離があった。


 座り位置は左側からソフィアちゃん、私、木野さん、秋元さんという順番だ。特に話し合ったわけではなく、自然とこういう並びになった。


 それぞれが鞄から昼食を取り出す。ソフィアちゃんは相変わらず菓子パン、その他の三人は皆お弁当だった。


「早坂さん、菓子パンなんだー」

「親が忙しくて、私もそんなに料理出来ないし」


 木野さんの言葉に、ソフィアちゃんが少しぶっきらぼう気味に答える。


「そっかー。何も考えずお弁当作ってもらってたけど、それって当たり前じゃないんだよね」


 木野さんが何やら自分で納得&理解をして、うんうんと一人頷く。


「てか、自分で作れば」


 それに対し秋元さんが、弁当箱を開けながらそんな事を言う。


「自分で!? そんな恐れ多い」


 どういう事だろう? 自分には荷が重いとかそういう意味だろうか? とりあえず、使い方が違う事だけは確かだ。


「というか、自分でお弁当作ってる高校生って、そんなにいなくない?」


 そう言った木野さんに、秋元さんが自分の事を指差して応える。


「あー。桜はそうか」

「あ、私も」

「水瀬さんも!?」


 おずおずと手を上げて答える私に、木野さんが驚いた声を挙げる。


「ほら、いるじゃん」

「確かにいたけど、いたけどさ」


 四分の二が自分でお弁当を作っているというこの状況に、木野さんは何やら葛藤しているようだった。


「まぁ、向き不向きもあるから、無理に頑張らなくても……」


 その様子を見兼ねて、私はそう助け舟を出す。


「だよね。みんながみんな自分で作ってるわけじゃないし、無理に頑張らなくてもいいよね」


 切り替え早っ。


「水瀬さん、紗良紗についてはあまり深く考えない方がいいよ。ほとんど脊髄反射で生きてるから、この子」

「脊髄反射?」


 言葉の意味が分からなかったらしく、木野さんが首を傾げる。


「まぁ、いいや。ご飯食べよ」


 いいんだ。


 弁当箱を開けご飯を食べ始める木野さんを見て、私も自分の弁当箱を開く。


「スウェーデンリレーまで後四時間くらい? そう考えると結構長いよね」

「桜達はいいよね、他の種目終わってて。私なんて午後に二種目だよ。リレーの前に体力使っちゃわないか心配だよ」


 秋元さんは障害物競走に参加しており、私達同様すでに一回目の出番を終えていた。一方、木野さんの参加する騎馬戦は午後に予定されており、まだこれから二つの出番が控えていた。


「体力って、紗良紗は上に乗っかってるだけでしょ? 全然体力使わないじゃん」


 秋元さんのその指摘に、木野さんが「チッチッチ」と指を振ってみせる。


「分かってないな。上に乗っかってるだけでも意外と体力使うんだって。後、取ったり避けたりしないといけないから精神的な疲労もあるし」

「ふーん。あ、改めて水瀬さんと早坂さん、二位と一位おめでとう」

「え? あ、うん。ありがとう」

「どうも」


 突然の祝福に、私とソフィアちゃんはそれぞれがそれぞれの反応をみせる。


「水瀬さんのは時間被ってて見にいけなかったけど、なんか凄かったって、紗良紗が」

「そう! もう雰囲気からしてヤバくて。集中力を高めてる感じ? それがこっちにもヒシヒシと伝わってきて。そこからの走って踏んで跳ぶ。カッコ良過ぎて、思わず叫びそうになっちゃった」


 興奮した様子でそう語る木野さんは真剣そのもので、茶化しているわけではないのは重々分かるのだが、しかしやはり、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「紗良紗は私より水瀬さんを取ったんだよね」

「違うから。ちゃんと桜が走ってるのも見たもん。……遠くからだけど」

「ホントにー?」

「ホントだって」


 二人のやり取りを見ながら、私は弁当を食べ進める。


 女の子同士のいちゃつき(?)は見ていて微笑ましいし、大きな意味では栄養にもなる。つまり、食事と一緒。適度に接種する分には健康にいいが、摂り過ぎると胸焼けを起こす可能性も。何事も腹八分目がいいという事だろう。

 ……何を言っているんだ、私は。こんな危ない思想、決して口には出せないな。


「いお、顔」


 ソフィアちゃんに言われて、自分の顔を触る。


 もちろん、触ったところで何も分からないが、こればかりは条件反射なので仕方ない。


「後、ご飯付いてる」

「え? どこ?」

「口の右端」


 言われ触ってみるものの、感触はない。

 こういうのって、自分ではよく分からないんだよね。スマホ使えば一発だけど、それは最終手段、というか、なんというか……。


「そこじゃなくて。こっち向いて」


 言われるまま、顔をソフィアちゃんの方に向ける。


 ソフィアちゃんの細く長い白魚しらうおのような指が私の顔に伸び、そして触れた。


「はい。取れた」

「ありがとう」


 取った米粒をどうするのかと思ったら、ソフィアちゃんはそれをそのまま自分の口に持っていき――食べた。


「何?」


 そう言ったソフィアちゃんの視線は、私を通り越してその後ろに向いていた。


 振り返るとそこには、こちらを見て固まる木野さんと秋元さんの姿が。何か事件的なものを目撃したのだろうか。


 そう思い、二人の視線の先を追う。

 しかし、目の前に広がるのはいたって普通の光景。変わったものは特に何もなかった。


 ソフィアちゃんと目が合い、私は首を傾げる。すると、ソフィアちゃんも私にならうように首を傾げた。


 結局、二人の反応の理由は分からずじまい。真相は謎のままだ。

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