第19話(1) 体育祭(昼休み)

 午前の部が終了すると体育祭は一時中断、昼休みに突入した。


 体育祭とはいえ昼休みは昼休み、学食に向かう者、購買に向かう者、教室に戻る者とその行動はいつものそれと大きく変わらない。


 私とソフィアちゃんも、教室に置いてあるかばんを回収してそのままいつもの場所に向か――おうとして、足を止める。


 私達の元に木野さんと秋元さんがやってきたからだ。その手にはそれぞれ鞄が持たれていた。

 つまり、そういう事だろう。


「水瀬さんと早坂さん、その、一緒にお昼食べない?」


 普段比較的あけすけな性格をしている木野さんが、珍しくそう言い淀みながら言う。


 ソフィアちゃんの顔を見る。

 判断は任せるといった顔付きだった。


 すなわち、絶対嫌というわけではなく、最悪そうなってもいいと。うーん……。


 私は少し考えた末に、


「まぁ、体育祭だしね」


 と答えた。


 瞬間、木野さんの顔が、電気が点いたようにぱあっと明るく変わる。


「うん。体育祭だしね」


 笑顔で私の言葉を繰り返す木野さん。余程、私達と昼食が取りたかったのだろうか。


「二人共移動しようとしてたみたいだけど、場所はどうする?」

「あー……」


 秋元さんからの質問に、私はそんな声にもならない声をあげながら、再びソフィアちゃんの方を向く。


「中庭なんていいんじゃない? 座る所たくさんあるし」


 まるで初めから回答を用意していたかのように、ソフィアちゃんがそう即答する。


 思えば、私と一緒に昼食を取り始めるまで、ソフィアちゃんはどこかで一人昼食を取っていたはずなので、そういう場所には詳しいのかもしれない。


「中庭か……。うん。いいと思う。紗良紗さらさは?」

「私も別にいいよ。全然問題ナッシング」


 秋元さんと木野さんの了承が得られた事で、昼食は中庭で取る事となった。


 私の了承? 何それ美味おいしいの? ……と冗談は置いといて。どうもこういう流れになった時、私の同意はすでに得られた体で話が進む。まぁ、私の同意が本当に必要な時はソフィアちゃんもそうするし、大抵その解釈かいしゃくで間違いないのだが。


「じゃあ、いこー」

「はいはい。いこいこ」


 握り拳を突き上げて出入り口に向かう木野さんに、やや呆れ気味の秋元さんが続く。


 この二人を見ていると、まるで姉と妹。保護者と……いや、止めておこう。さすがにそれは失礼だ。まぁ、なんにせよ、二人は仲がいい。


「いお」

「あ、うん」


 その様子をぼっと眺めていた私の意識を、ソフィアちゃんの声が呼び戻す。


「ごめん。少しぼっとしてた」

「そう……」

「行こっ、私達も」


 ソフィアちゃんに明るくそう声を掛け、私も二人の後を追うように出入り口へと足を進める。


 廊下に出ると、私の背後に控えていたソフィアちゃんがすーっと隣に並ぶ。


「何考えてたの?」


 そして、そんな事を聞いてきた。


「うーん……」


 なんというべきか少し悩み、結局私は、誤魔化ごまかさず正直に話す事にした。


 そもそも、誤魔化す程大した話でもないしね。


「中学時代を思い出したの」

「中学時代?」

「うん。ほら、中学の時は私、上手くやってたから。複数人で行動する事も多くて、なんて言うのかな。大勢でいると、自分以外の人同士のやり取りを近くで見る事もあるじゃない? それを思い出したっていうか……。自分でもよく分からないんだけどね」


 なつかしさを感じたと言えばそれまでだが、そこにはもっと複雑で様々な感情が入り混じっているように思える。それこそ、いい感情も悪い感情も。


「いおは大勢で行動する方が好き?」


 そう聞いてきたソフィアちゃんの顔には、不安や葛藤かっとうといった負の感情が見え隠れした。


「そうだな……」


 あえて顔は前方に向け、視線だけで隣を歩くソフィアちゃんの様子をうかがう。

 その様はまるで、猫か犬のそれのようだった。へにゃっと倒れた獣耳けもみみが、容易よういに想像出来る顔つき、雰囲気だ。


「気の置けない相手となら大勢でもいいかもだけど、今はソフィアちゃんがいるから、二人の方がいいかな」


 ソフィアちゃんの顔を見て、私はそう告げる。


「そう……」


 ない返事。だけど、にやつきを必死に耐えるその表情が、ソフィアちゃんの感情を口から発せられる言葉以上に雄弁ゆうべんに語っていた。


「ソフィアちゃんって可愛いよね」

「なんで今言うのよ」

「えー。今思ったから」


 外見はもちろん内面も可愛いなんて、ホント反則だよ、ソフィアちゃんは。

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