第18話(3) 体育祭(午前の部)

 午前の部最後の種目は百メートル。花形競技という事で今日一番の盛り上がりを見せている。


 第一レースは一年生男子が走り、我が一年四組の選手は四位だった。

 ちなみに、ここまでの競技は私が出た走り幅跳びを除いて三位か四位が続いていて、学年別クラス順位も上と僅差きんさながら四位と少し厳しい出だしとなっている。

 正直流れはあまり良くない。しかし、次の出場者はなんと言っても、あのソフィアちゃんだ。この悪い流れを、見事断ち切ってくれる事だろう。


「続きまして一年生女子」


 放送席に座る女子生徒の声を合図に、八人の生徒がそれぞれのレーンに並ぶ。


 四レーンに立つ人物に皆の視線が奪われる。

 美しい容姿と洗礼されたプロポーションをしている上に、異国の雰囲気を漂わせる髪色と顔立ち。綺麗過ぎて溜息をらす者も出る始末だ。


 各々おのおのがスターティングブロックを、自分用に調整する。

 この動きですでに、経験者とそうでない者がはっきり分かる。


 経験者は、ソフィアちゃんを入れて三人といったところか。専門でなければ出られるので、陸上部の生徒かもしれない。なんにせよ注目だ。


「位置について」


 様子を見て、スタート脇に立つ男子生徒がそう口にする。

 手にはピストルが握られており、その砲口は空に向いていた。


 出場者がスターティングブロックに足を掛け、スタートの態勢に入る。


 全員の静止を確認した後、


「よーい」


 男子生徒がピストルの引き金をいた。


 同時に、色々な所から応援の声が響き渡る。もちろん、私もその中の一人だ。


 スタートで、経験者と見られる三人がほぼ同時に前に出た。


 三十メートル付近で体を起こすが、その時点でも三人はほぼ互角。僅かにソフィアちゃんがリードしているが、言う程差はない。


 五十メートル地点までに、ソフィアちゃんが二人よりジリっと更に前に出る。体一つ分のリードが、この時点で生まれた。


 七十メートル。残り三十メートルという所で、ソフィアちゃんのリードは確実なものとなる。


 何よりソフィアちゃんには必死さがない。綺麗なフォームで涼しい顔で先頭を走っている。つまりソフィアちゃんは、目に見えている実際の差以上に、二人より先を走っているのだ。


 ゴールが近付く。もう誰もソフィアちゃんの勝利を疑う者はいない。そして――


 ソフィアちゃんが一番にゴールを駆け抜ける。


 ウチのクラスを中心に、拍手と歓声が起こった。それぐらい凄い走りだった。


 その証拠に、ストップウォッチで一位のタイムを取っている男子生徒と女子生徒が、驚いた顔でお互いの顔を見合わせていた。

 おそらく、相当なタイムが出たのだろう。もしかしたら、一年生女子の新記録かもしれない。


 当の本人は走った後とは思えない涼しい顔で、係りの女子生徒から折り紙で作った金メダルを首から掛けてもらっていた。


 そのままソフィアちゃんはレーンを横切り、クラスとクラスの合間に出来た隙間から椅子の後ろに姿を消す。


 それから数分後、ソフィアちゃんがこちらに戻ってくる。


 クラスメイトからの熱烈な出迎えに対しても、ソフィアちゃんはクールに「ありがとう」というだけで、ここでも興奮した様子は一切見られなかった。


 ソフィアちゃんの一位によりクラス順位は三位となり、一部のクラスメイト達がそれにより午後も頑張ろうと盛り上がっている。確かに、午後の頑張り次第では、まだまだ一位も十分狙える位置・ポイント差だった。


「お疲れ」


 席に帰ってきたソフィアちゃんに、私はそう声を掛ける。


「ん」


 とだけ言って、ソフィアちゃんは椅子に腰を下ろす。


 まぁ、ソフィアちゃんにとって一位は、取って当然なのだろう。それにしても、もう少し喜んでも良さそうなものだけど。


「おめでとう。速かったね」

「十二秒六二。新記録だって」

「あ、やっぱり」


 しかし、こうなってくるといよいよ、なぜソフィアちゃんが帰宅部なのか分からなくなってくる。宝の持ちぐされとは、まさにこの事を言うのだろう。


「それだけ?」

「え?」


 ソフィアちゃんの発した言葉の意味が分からず、私は思わず聞き返した。


 お疲れ。おめでとう。速かったね。言うべき事はすでに口にした気もするが、これ以上一体何があるというのだろうか。……あっ。


 そこでふと、私が競技を終えた後のやり取りを思い出す。


 もしかして、そういう事?


 辺りを見渡し周りの視線がこちらに向いていないのを確認してから、私は意を決してソフィアちゃんの頭に手を伸ばす。そして――


「お疲れ」


 ポンポンと頭を軽く叩いた。


 どうやら、その判断は間違っていなかったらしく、ソフィアちゃんは特に抵抗する事なく、満足そうに口元をほころばせていた。


 可愛い。猫みたい。


「ん?」


 視線を感じそちらを向くと、秋元さんと松嶋さんとばっちり目が合う。

 少し考えた後、口元に人差し指を持っていき、二人に向かってしーというポーズを取る。


 それを見た二人は、コクコクと頷きそのまま前に向き直った。


 とにもかくにも、私達の個人での出番はこうして無事終了した。後は大トリに控えるスウェーデンリレーを残すのみだが、その前に――

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