第17話(2) 合同練習

 グラウンドを五周――ではなく二周してスタート地点に戻ってきた私達は、足を止める間もなくそのままグラウンド内のエリアに避難した。一レーンを走っていたため、外側に出るよりそちらの方が近かったのだ。


 陸上競技場には、いくつかの守らなければならないルールがある。


 横切る時は走者の邪魔にならないようにする。必要もないのにレーン上にいない。そして長距離を走る時は内側のレーンを使う。

 他にもルールはあるが、その辺りも含めて全部ソフィアちゃんがグラウンドに入る前に、木野さんと秋元さんには説明してくれた。


「とりあえず、百メートルのスタート地点の方に行きましょう」


 ソフィアちゃんの指示に従い、四人でおよそ百メートル先を目指す。


 一キロに満たない距離という事で、肩で息をしている人はさすがにいなかったが、日頃然程運動をしていない秋元さんは少しだけお疲れ気味だった。


「大丈夫?」


 その隣を歩く木野さんが、秋元さんにそう尋ねる。


「え? 何が?」


 全然余裕ですけどみたいな感じで答える秋元さんだったが、それが強がりなのは誰の目にも明らかだった。

 とはいえ、休憩きゅうけいが必要な感じでもないので、ここは色々とスルーでいいだろう。


「で、次は何するの?」

「まずはドリル、それから五十メートルの流しかな」


 視線を少し上に向けながら、ソフィアちゃんがそう私の質問に答える。


「ドリルって、教えるの?」


 一昨日の私みたいに。


「え? あ、うん。でも、いおにはもっと教えるつもりだし、一朝一夕いっちょういっせきで出来るものじゃないからとりあえず、みたいな?」


 私に責められていると思ったのか、ソフィアちゃんが早口気味にそんな言い訳じみた事を口にする。


「いや、別にそれはいいんだけど」


 それに対し私は苦笑を返す。


 本当にそういうつもりで言ったわけではなく、純粋な疑問というか条件反射的な意味のない質問だったのだが……。


 誰も走ってこない事を確認してから、レーンを横断しグラウンドの外に出る。


「はい。では、これから走る上で必要な動作の一部を教えます」


 競技場のはしの方まで行くと、ソフィアちゃんが片手を上げ、まるで教師かコーチのようにそう宣言をした。


「必要な動作?」


 体全体をかたむけ、木野さんが疑問の意を示す。


「足を速くする一番の近道は動作を体に教え込む事。根本的な部分は、二週間程度じゃどうしようもないからね」

「なるほど」


 そう言って、木野さんが深く頷く。


 その様子は彼女の容姿や雰囲気もあいまって、失礼ながら本当に内容を理解しているようには見えなかった。

 まぁ、あえてそこに触れる事はしないが。


 ウォーミングアップで体が温まった事もあり、全員でジャージの下を脱ぐ。これからソフィアちゃんに動きの確認をしてもらうので、タイミングとしてはちょうど良かった。


 そこからソフィアちゃんによるドリル講座が始まった。


 内容は一昨日教えてもらったものと同じものだが、そこに私も加わり一緒に練習する。


 陸上をかじっていたお陰でなんとなくは理論的なものを理解していた私とは違い、二人はソフィアちゃんの説明をすぐに飲み込む事が出来なかったようで最後まで苦戦していた。とはいえ、全く上達しなかったと言うと決してそうではないので、これからも続けていけば本番までにはそれなりの形になる事だろう。


 ドリルが終わると、百メートルのスタート地点に移動して五十メートルを走る。短距離という事で、今度は真ん中のレーンを使う。


 速度はマックスではなく七割程、フォームを意識して、決して力まずリラックスして走る。

 本数は五本。一本一本を丁寧に。


「いおは走り幅跳びやってただけあって、筋がいいわね」


 三本目を走り終わりスタート地点に戻るところで、ソフィアちゃんがそんな風に私に声を掛けてくる。


「そうかな? 自分ではよく分からないけど」


 まぁ、確かに走り幅跳びは助走で二・三十メートルは走るので、競技にも短距離の要素が含まれる。そのため、走り幅跳びと短距離を兼任でやっている選手も、学生レベルならそこそこいる。プロの世界は良く知らないが。


 五本走ったところで一旦いったん休憩となり、最初に荷物を置いた場所に戻る。

 その途中、係の人からソフィアちゃんがバトンを受け取った。私達が受け取れるタイミングを見計らってくれたのだろう。


十分じゅっぷん休憩したら、百メートル三本ね。五十メートルと同じように、七割の力でいいから」


 立ったまま水分を取り、ソフィアちゃんが私達にそう告げる。


 ちなみに、私を含めたその他三人はしっかり座って休憩を取っている。

 疲れたというのもあるが、この後何をさせられるか分からないので休める時に休んでおいた方が身のためだろう。


「あ、それと百メートルが終わったらバトン練習ね」


 そのソフィアちゃんの言葉で思い出す。そういえば、本来の目的はそれだったと。

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