第16話(3) お揃い

 結局、最終的にソフィアちゃんが選んだのは――


「可愛い。最高。最強」

「……」


 ソフィアちゃんからの褒め言葉を右から左に受け流しながら、私は改めて自分の今着ている服を見下ろす。


 半袖パーカーとショートパンツ。それだけ聞くとまともな格好のように思えるが、パーカーには猫耳が、ショートパンツにはしっぽが付いており、まさに子猫ちゃんスタイルだ。いや、子猫ちゃんスタイルなんて言葉あるかどうかも知らんけど……。ちなみに上下共に色は黒。つまり、黒猫である。


「ごめんなさい。あまりの可愛さに少し理性が崩壊しかけてたわ」


 スマホによる四方八方からの撮影を終え、ソフィアちゃんがまるで一仕事終えたように「ふー」と腕でひたいの汗をぬぐ仕草しぐさをする。


「私も着替えるわね」


 そう言って、ソフィアちゃんがクローゼットの方に向かう。


 ペアルックが好きなソフィアの事だ。私と同じような服を着るのだろう。ソフィアちゃんの猫耳姿……。興味あるかも。


「なっ」


 私のその予想を裏切り、ソフィアちゃんが着替えた格好は、水色の普通のパジャマだった。


 もちろん、それはそれで素敵だけど、期待していたものがものだけにショックは大きかった。ステーキが出てくると思ったら、ハンバーグが出てきたようなものだ。いや、どちらも美味おいしいし好みによって優劣は違うかもしれないけど……。


「じゃあ、いおの服も洗濯機入れてくるわね。明日までにはかわかないと思うから、また別の日に渡すって事で」

「え? あ、うん」


 二人分のワンピースを手に部屋を出ていくソフィアちゃんを、私はぼんやりとした思考で見送った。


 まさか、そう来るとは。今までの流れからして、絶対似たような服を着ると思っていたのに……。散々期待させておいて落とすなんて、ソフィアちゃん、恐ろしい子……!


「ただいまー。って、どうしたの?」


 出て行った時と全く同じ態勢でいた私に、ソフィアちゃんが戻ってくるなり不思議そうにそう尋ねる。


「いや、てっきり、ソフィアちゃんも動物になる流れかと」

「あー。それ、一着しかないのよね。ちなみに、それも貰い物。気に入ったらあげてもいいけど、こういう時のために私の部屋に置いておくのも有りよね」


 貰い物……。確かに、こんなルームウェア、ソフィアちゃんは買わないだろう。まぁ、端から私に着させるためというなら、あるいは?


「ねぇ」


 元いた場所には戻らず、ソフィアちゃんがそう私に声を掛けてくる。


 やけにそわそわした様子が気になるが、果たして……。


「何?」


 若干警戒しつつ、私はソフィアちゃんにその先の言葉を促す。


「お願いがあるんだけど」

「お願い?」


 なぜだろう、とても嫌な予感がする。そして、私のその予感は大抵当たる。事ソフィアちゃんの言動に関しては特に。


「ニャーって言ってもらってもいい?」


 ほら。やっぱり。嫌な予感的中だ。何が悲しくて、猫の鳴き真似まねなんてしないといけないというのだ。そういうのはソフィアちゃんのような美少女がするからいいのであって、私みたいな庶民がやってもスベるだけだ。


「なんで?」


 だから、遠まわしにやらないでいい方向に持っていこうとしてみる。


 何事にも理由というものは必要だ。特にスベると分かっている時には尚更。


「なんでって……。猫耳だから?」


 言いながら、首を傾げるソフィアちゃん。


「……」


 猫耳と鳴き声、そこの因果関係は確かに認める。認めるけれども。うーん……。


「ダメ?」


 いや、そんな可愛い顔と声で言われても、私にも出来る事と出来ない事がある。もちろん、猫の鳴き真似は後者だ。そこだけはゆずれない。


「仕方ないなぁ」


 ――!


 内心とは裏腹に、私の口からはソフィアちゃんのお願いを受け入れる言葉が発せられていた。


 可愛さってホント怖い。常識を打ち壊すんだから。


「ありがとう。さすがいお」


 とはいえ、一度口に出してしまった以上、やるしかないだろう。というか、これ程まで期待に満ちた目で見つめられてしまったらやらざるを得ない。


「はー」


 私は溜息ためいきを一つ吐くと、「こほん」と咳払せきばらいをして


「ニャ、ニャー」


 と鳴いた。恥ずかしさと弱々しさの混じった子猫の鳴き声だった。


 それに対し、ソフィアちゃんの反応はというと――


「……」


 無だった。怖いくらいの静けさが室内を包み込んだ。


 やらせるだけやらせておいてその反応は、ちょっとヒドくない? まさにやり損だ。私の勇気と羞恥心しゅうちしんを返して欲しい。これは慰謝料を請求してもいいくらいの事案じあんだ。


「し」


 数分にも思える静寂の後、ソフィアちゃんが発した言葉はその一言だった。


「し?」

「心臓止まるかと思った」

「さすがにそれは……」


 大げさ過ぎでしょ。自分で言うのもなんだが、私の鳴き声にそこまでの威力はないはずだ。


 精々止められるのは時くらいのものだろう。スベリ過ぎて時が止まる。売れないお笑い芸人もよくやっている事だ。


「私の心臓が持つか分からないし、今日はこの辺で勘弁かんべんしといてあげるわ」

「どういう事?」


 よく分からないが、これ以上の無茶振むちゃぶりはないという事だろうか。さすがに私も、この状況から更なる無茶振りに応えられるメンタリティは持ち合わせていなかったので、正直助かった思いだった。

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