第16話(1) お揃い

 まんじゅうで小腹を満たしてからおよそ二十分後、私は一人浴槽よくそうにその身を投じていた。


 入浴前にしていた心配は杞憂きゆうに終わり、お風呂には一人ずつ入る事となった。


 まぁ、我が家の物よりかは幾分いくぶんか大きいとはいえ二人で入るには手狭なので、もしソフィアちゃんと一緒に入るような事になっていたら、体育座りで向かい合うか身と身を寄せ合う事になっていただろう。前者はともかく後者はなんか……うん。色々とマズイ事になりそうだ。


 お風呂から上がり、ソフィアちゃんの用意してくれた物に着替える。

 白いえり付きワンピースなんて、正統派美人にしか似合わなさそうな物をまた……。


 とはいえ、他に着る物はないので、これを着るしかない。


 最低限のケアをしドライヤーで髪を乾かすと、使ったタオルと着ていた衣服は言われた通り洗濯機に入れ、残った下着だけを手に脱衣所を後にする。


「お待たせー」


 扉を開け、自室で待っていたソフィアちゃんに私はそう声を掛ける。


「……」


 無言のまま、手にしていたスマホで写真をられた。


「なんで撮ったの!?」

「はっ。完全に無意識だったわ」


 本来なら、そんなわけあるかとツッコむところだが、反応や表情を見るにあながちそうも言い切れない感じもあって、こちらとしてはひどく反応に困る。


「ごめんなさい。とても似合ってるわ」

「そうかな……。私はそうは思えないけど」


 ただでさえ白のワンピースはハードル高いのに、その上デザインが可愛くそれが更にハードルを上げている。


「自分自身の事は案外分からないものよ。それじゃあ、私はお風呂入ってくるから適当にくつろいでて」


 そう言うとソフィアちゃんは、着替えやら何やらを手に部屋から出て行ってしまった。


 適当にと言われても……。


 とりあえず、下着をかばんにしまう。そして次にスマホを手にする。


 暇潰ひまつぶしとしてまず一番初めに思い付いたのが、ネットサーフィンだった。

 よく使っている検索エンジンのトップページを見ると、知っているニュースの続報や知らないニュースの情報、後はテレビ番組の切り抜き記事等々が見る者の視線を奪い争うように画面上に踊る。


 それにしても、数ヶ月前のネタをさも新着のように扱うのはどうなんだろう?


 ふいに目に飛び込んできた記事は、二ヶ月程前にSNS上で一時期流行はやった落とし物についてのものだった。普段SNSに触れていない人間からすれば真新しい情報なのかもしれないが、そうでない人間にとってはどうしても今更感がぬぐえないものとなっていた。


 その後、ブックマークしているサイトをいくつか巡り、結局手持ち無沙汰ぶさたになった私は、スマホをテーブルの上に置き、室内を探索する事にした。


 ソフィアちゃんからは漫画まんがや雑誌は勝手に読んでいいと言われているし、テレビも好きにていいと言われている。

 というわけで、本棚に近付き、背表紙をざっとながめる。


 漫画で恋愛を勉強しようとしていたという事で、並んでいる物は恋愛ものが多かった。また、意外と言っていいのか分からないが、その比率は少女漫画より少年漫画の方が多い。後、気になる事といえば、百合ゆり系の漫画が割と多くある事だ。ライトなものからヘビーなものまで、多種多様な作品が取りそろえられていた。


 ためしに一つ手に取ってみる。


 なるほど。こういう……。

 主人公はお嬢様学校に入学したての一年生。本人は至って平凡な家の生まれで、周りからは浮いてしまう。そんな中、美人な上級生と出会い……。


 ソフィアちゃんは、こういうのに憧れがあるのだろうか。「お姉様!」みたいな?


 まぁ、この一冊でそう判断するのはさすがに早計そうけいか。皆が皆主人公に自分を重ね合わせて見ているわけではないだろうし、もっと違う楽しみ方をしている可能性だって……。世の中には自分を物語の中のモブに重ね合わせて楽しむ層もいるというし、ソフィアちゃんがどんな楽しみ方をしていてもそれは個人の自由だ。


 いや、ソフィアちゃんがそうした楽しみ方をしているとまだ決まったわけではないので、現段階ではいくら思考を巡らせようとも答えが出ないどころか、無駄な時間をただ消費するだけに終わる可能性の方が高い。とはいえ、今行っている事は所詮しょせん暇潰しに過ぎないので、それはそれで本来の趣旨しゅしに合っている気もするが、果たして……。


 結局やる事もないので、手にした漫画を読み進める事にした。


 四冊目を読む終わり五冊目を手にしようとした時、ふいに背後で扉が開く音と気配がした。


「あ、おか――」


 えりと続けようとした言葉は、振り返りソフィアちゃんの姿を見た瞬間、どこか宇宙そら彼方かなたへと吹き飛んでしまった。


「どうかした?」


 ソフィアちゃんが何食わぬ顔で部屋に入ってくる。私と同じ服を着て。


「同じ服二着持ってるの?」


 衝撃のあまり私は、優先順位が低そうな事から先に聞いてしまう。


「微妙にデザインが違うのよ」


 確かに、よくよく見ると襟とスカート下部に入ったラインの色が違う。私が着ているのは水色、ソフィアちゃんが着ているのは黒だ。


 って、そうではなく――


「なんでこの状況で同じ服着てるの?」


 まだ部屋着のペアルックなら分かる。だが、今私達が着ているのはどう考えても余所行よそゆきも余所行き、どこかにお出掛けする格好だ。出掛ける予定もないのに、そんな服でペアルックする意味が分からなかった。


「ただそうしたかったから以外に、理由なんているのかしら?」

「……」


 いや、うん。そんな風にして堂々と言われてしまうと、返す言葉がない。


「正直に言うと、貰ったはいいけど着るタイミングがなくてずっとクローゼットの中で眠ってたの、この二着。だから、いい機会かなって」

「そう……」


 としかもういいようがなかった。


「ところで、決まった?」

「何が?」


 突然投じられた、主語のない質問に私は首を傾げる。


「お風呂に入る前に聞いたでしょ?」

「あぁ。それなら――」

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