第15話(2) 練習
リビングには先客がいた。ソフィアちゃんのお母さんである、
ソファーに座り、本を読んでいた。テレビは点いておらず、室内は静寂に包まれている。
「あら、また何かやるの?」
私達の姿を見て、美怜さんがそんな事を言う。
「うん。体育祭に向けて走りの練習」
「ふーん」
ソフィアちゃんからの返答を聞くと、美怜さんは本に再び視線を落とした。
「いお、こっち来て」
言われるまま私は、ソフィアちゃんの背中を追って、扉から見て向かって左側に当たる部屋の
この部屋はリビングとダイニングキッチンが繋がっており、その横幅はかなり長い。今私達が立っている前方には冷蔵庫に行き当たるまで何も物が置かれておらず、長い横幅がそのまま通路となっていた。つまり、ずっと歩き続ける事が出来るというわけだ。
「まずは歩き方から。背筋伸ばして」
ソフィアちゃんの指示に従い、私は背筋を伸ばす。
「視線は真っ直ぐ、アゴは少し引き気味で。腰に手を当て、親指で腰を上げる。天井から糸で
辛いという程ではないが、どうしても不自然さは
「歩き方のポイントは二つ。
そう言うとソフィアちゃんは、私と同じ姿勢を取り、踵からつま先に接地面を移動させながら、斜めになった体をそのまま維持した。
「で、これを繰り返して歩くと」
そしてそのまま、二歩三歩四歩と冷蔵庫に向かって歩き始める。
その姿勢は本当に
「じゃあ、いおもそこから十歩、こっちに向かって歩いてきて」
こちらに体を向け、ソフィアちゃんがそう私に言う。
私は先程言われた事を頭の中で
背筋を伸ばして。目線は前方。天井から糸で吊るされている感じをイメージして。足の接地は踵からつま先に。体重移動をしっかり意識して。
しかし、色々と考えながら歩くのは、思ったよりも疲れる。まぁそれは、私がこの歩き方に慣れていない証であり、また練習が必要な証でもあった。
ソフィアちゃんの前を横切り、私は少し行った所で足を止めた。
「どう、かな?」
振り返り、ソフィアちゃんに感想を求める。
「悪くはない、かな。
確かに、慣れない動きをマスターするには、反復練習が一番だ。頭ではなく体に覚えこませる。意識せずに出来るようになって初めて、本当の意味で出来た事になるのだ。
「というわけで、今から五往復。一つ一つ丁寧に行きましょう」
「はい、コーチ」
回数はこなす。だけど、おざなりではダメ。あくまでも今回の目的は、正しいやり方を覚える事。体に負荷を掛ける事が目的ではない。
とはいえ、疲れるもの疲れる。
慣れない動きをする精神的な疲労もあるが、普段あまり積極的に使わない箇所を使うため、身体的な疲労もそれなりのものがあった。
「はい。
なので、ソフィアちゃんのその言葉を聞いた時、私は思わず「ふー」と大きく息を吐いた。
「まぁ、段々と良くなってきてはいるわね」
そう言って、ソフィアちゃんが私の元に近付いてくる。
「どうも」
ソフィアちゃんの物言いが、
「前々から思ってたけど、いおは少し猫背気味だよね」
「まぁ、うん……」
当然その事は自覚していた。骨格や筋肉の付き方以外にも、本質的な性格面もそこには関係しているのかもしれない。
「まずは常に胸を張る事から始めようか。後――」
言いながら、ソフィアちゃんの左手が私の背中に触れる。
「――っ」
なんだか妙な感じだ。くすぐったいような、気恥ずかしいような、そんな変な感覚……。
「全体的に硬いかな。動きもだけど、体が」
すっーと指先が背中をなぞったかと思うと、ふいに肩甲骨の辺りを両の手で
「――っ」
再び、声にならない声が出る。
「私の部屋にストレッチポールあるから、これ終わったらそれで背中解しましょ。それと、
体幹トレーニング。中学では部活で多少やったが、家でやる事はほとんどない。高校受験の前後に思い出したように少しやった程度。また知識も
「はい。じゃあ、次行くわよ」
ポンと手を叩き、ソフィアちゃんが仕切り直すようにそう言う。
「まずは基本姿勢」
言われるまま、始動前の態勢を取る。
「次は足の、回転と言えばいいのかしら。まずは私が見本を見せるから見てて」
ソフィアちゃんが私の隣に立ち、基本姿勢に入る。
「
その態勢のまま止まったソフィアちゃんの体は、確かに斜めになっている。
「そこから後ろに残った足を出すんだけど、こっちの足はただ前に出すんじゃなくて、腿が地面と水平になるように上げる」
ソフィアちゃんは上げると言ったが、彼女の足は単に上がったというより回ったように私には見えた。
そう言えば、最初にソフィアちゃんは次にやる動作は、足の回転と言っていたっけ。
「ポイントは、後ろ足の踵が軸足の膝の横を通る事。これが出来れば、走る時のフォームは格段に綺麗になるわ」
「なるほど」
短距離走の足の運びにそんな秘密があったとは……。
「最初は片方ずつ。軸足・上げる足は一連の動作中は常に固定で。さっきと同じように、そこから十歩歩いてきて」
先程と同じような場所に立ち、ソフィアちゃんが私に向かってそう声を掛けてくる。
なんだか難しそうだけど、何事もやってみないと始まらない。
よし――
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