第14話(3) ホームルーム、再び。

「水瀬さん、早坂さん」


 滝本さんが去って間もなくして、今度は木野さんが私達の元にやってきた。


「リレー頑張ろうね」


 そう言うと、木野さんは両のこぶしにぎってみせた。

 やる気十分といった感じだ。


「えぇ、頑張りましょ」


 それに対し私は、笑顔で応える。


「アンカーはやっばり早坂さん?」

「順当に行けばそうなるでしょうね」


 木野さんの質問のような確認のような言葉に、ソフィアちゃんがクールに答える。


「四百メートルは、経験者じゃないとなかなか、ね?」


 それに対し私は、補足ほそくのようなフォローのような言葉を付け加えた。


 短距離と言っても、四百メートルは別格だ。百・二百は素人しろうとでもそれなりに走る事は出来るだろうが、四百メートルとなるとそうはいかないだろう。短距離らしく走り切る事すら、素人には難しい。


「こら、勝手に話進めないの」


 背後から現れた秋元さんが、そう言って木野さんの頭をねこの手でポカリと叩く。


「だって、他に走る人いないでしょ。それか、さくら走りたかった?」

「そういう事言ってんじゃないんだって。もう」


 秋元さんが言いたいのは、自分がいないところで話を進めるなという事だろう。しかもこの様子だと、木野さんは秋元さんが来る事を知っていたようだし。


「で、走順どうしよっか?」

「私が四百、いおが三百、木野さんが二百、秋元さんが百でいいんじゃない」


 すでに自分の中で決めていたのだろう。秋元さんの問い掛けに、ソフィアちゃんがスラスラと走順をつらねる。


「足が速い順って事?」

「それと、陸上経験者が長い距離を走った方がいいかなって」


 まぁ、三百メートルも四百メートル程ではないが、まともに走るのは難しい。そういう意味では、経験者が走った方がいいというソフィアちゃんの意見には賛成だ。

 ただ、私がその経験者に相応ふさわしいかどうかは正直分からない。あくまでも私の専門は走り幅跳び、短距離は専門外だ。実際に三百メートル走を走った事がない上に、百・二百メートルですら練習として走った程度、本気で走った事はほとんどない。正直言って自信はなかった。


「大丈夫よ」


 そんな私の思考を読んだかのように、ソフィアちゃんがそう私に声を掛けてくる。


「後二週間あるんだから」

「ん?」


 後二週間? それじゃまるで、その期間で何かをするみたいじゃないか。


「それにいお、定期的にトレーニングしてるでしょ」

「なぜそれを……」


 確かに私は、趣味程度に週に何日かランニングやダッシュ等をしている。体がなまらないようにという理由に加え、ストレス解消をねての事だった。


「学校で使ってるのと違う運動ぐつが玄関の割ときやすそうな場所にあったし、後は筋肉の付き方かしら? 見た感じもそうだけど、踊れば大体分かるから」

「……」


 いや、別にいいんだけど。いいんだけど、なんか、ね?


「二人ってホント仲いいんだねー」


 それまで黙って私達のやり取りを見ていた木野さんが、ふいにそんな事を言ってくる。


「今のやり取りで?」

「うん」


 そう言って、なぜかうれしそうに笑う木野さん。


 彼女の言動は時々不可思議ふかしぎだ。何を考えているか分からない時がある。

 だけど、それによって嫌な印象を受ける事はない。不気味というわけではなく、不思議。その様はまるで、純真無垢じゅんしんむくな子供のそれのようだ。

 まぁ、だからこそ木野さんは、可愛がられるわけだが……。


 まさか、秋元さんが子供の扱いに慣れていた理由って……。さすがにそれは、木野さんに失礼か。子供っぽいと言っても、実際の子供とは当然違うのだから。


「ねぇ、ところで、すうぇーでんりれーってどうやってバトン渡すの? やっぱり、手こうやって上げて?」


 言いながら、木野さんが四継よんけいの動きを真似まねるように、手を上げてみせる。


「最初の所はそれでもいいけど、二回目・三回目はマイルリレーみたいに渡した方が効率いいと思う」


 百メートルならともかく二百メートル以上の距離になると速度が落ちるため、無理に手を上げるタイプの渡し方をしない方がスムーズに渡って、逆に速かったりする。


「マイル?」


 陸上に興味がない人には聞き慣れない単語だったらしく、木野さんが私の言葉に首をかしげる。


「四×四百メートルリレーの事」

「あー」


 私の回答を聞き、木野さんが理解の声をあげる。


 ちなみに、四継は四×百メートルリレーの事で、四×二百メートルリレーの事は八継という。その流れで言うと、四×四百メートルリレーは十六継と言いそうだが、なぜかそこだけは総走行距離から来ているマイルという総称が用いられている。スウェーデンリレーにいたっては最早国の名前だし、統一性なんてものははなから考えていないのかもしれない。


「バトンの練習ってした方がいい?」

「そうだね。精神的にもしておいた方がいいかも」


 練習による技能の熟練は当然大事だが、それよりも練習をしたという事実が本番のパフォーマンスに影響を与える事は十分考えらえる。練習はうそかないというのは、ある種そういう意味で使われているのだろう。


「じゃあさ、今度の日曜日、みんなでリレーの練習しない?」

「私は別にいいけど……」


 言いながら、私はちらりとソフィアちゃんを見やる。


「いおがいいなら、私も問題ないわ」


 となると後は――


「日曜? ちょっと待ってって」


 そう言うと秋元さんは、おもむろに先程から手にしていたスマホを操作し始めた。

 おそらく、日曜日の予定を調べているのだろう。


「あー。うん。大丈夫そう」

「じゃあ、決まり。日曜日に四人でリレー練習を……でも、場所はどうしたら?」


 自分で言っていて途中で疑問を覚えたらしく、木野さんが首どころか上半身までも傾げる。


「普通に陸上競技場でいいんじゃない」


 それを見て私は、苦笑を浮かべながら木野さんにそう応えた。


 お金も然程さほど掛からないしバントも貸してもらえるので、移動の手間に目をつむればこれ程リレーの練習に適任な場所もないだろう。


「そっか。陸上競技場だもんね。陸上の練習するんだから、私達が使ってもいいんだ」


 というわけで、今度の日曜日私達は、陸上競技場でリレーの練習をする事になった。時刻は午後の二時。場所は学校から一番近い陸上競技場のある、山沢やまざわ諌崎いささき総合運動公園だ。

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