第13話 花火のせい

 テニスコートには大勢の人が集まっていた。

 近隣に花火の鑑賞スポットとして紹介されている所はいくつかあるようだが、有料の場所を除けば、ここが一番綺麗に見える所、らしかった。


 らしいというのも今回私は情報をほとんど仕入れておらず、降りる駅と花火の時間くらいしか知らなかったので、その他の情報は全てソフィアちゃん頼みとなっている。


 そういえば、とふと思う。


 会った当初は金銭感覚が私と全然違うと思っていたのに、最近のソフィアちゃんの言動にはその手のズレが少なくなってきた気がする。今回も以前の彼女なら、有料の場所で見ればいいじゃないと言ってきそうなものだ。


 その事をソフィアちゃんに告げると――


「だって、そういうものでしょ? 友達なんだから」


 という言葉が返ってきた。


 それを聞いた私は、なんだか照れくさいようなうれしいような不思議な気分になった。


 花火は、私達のいる方とは逆側の川辺から打ち上げられる。真正面とはさすがに行かないが、角度も距離も申し分なさそうだ。


 後数分もすれば花火が打ち上がるという事もあって、周囲の人々のテンションは高く、人の多さも手伝って、こう熱気のようなものを感じる。


「いおも、ここの花火は初めてなのよね?」

「うん。それに、川辺の花火も初めて。どんな感じなのかな?」


 私の地元の夏祭りでは、花火は会場である総合運動公園で打ち上げられる。どちらがいいかは分からないが、川越しの花火はまた違った見え方をするのだろう。


「私は、近くで花火を見る事自体久しぶりだから」

「そっか……」


 年齢を重ねるにつれ、家族と祭りに行く機会はだんだんと少なくなる。じゃあ、誰と行くか言うとそれは恋人だったり友達だったり……。


「楽しみだね、花火」


 私はソフィアちゃんの手を握り、笑顔を浮かべあえて明るくそう言った。


「そうね」


 そんな私に対しソフィアちゃんも、笑顔で応える。


 今回の件で、はっきり分かった事がある。

 それは、私がソフィアちゃんの事をただの友達ではなく、特別な存在だと思っている事。そして、出来ればソフィアちゃんにも、同じ気持ちでいて欲しいと思っている事。


 その特別な存在に、具体的な関係性を当てはめる必要があるのかはまだ分からない。もしかしたら、具体的な関係性を当てはめてしまったら、私達は今のままではいられないのかもしれない。それはとても怖い事だ。想像しただけで身震いしそうになる。だから、今はまだ特別な存在と呼ぶ事にする。いつか名前を付けなければいけないとしても、今は……。


 女性の声がマイク越しに聞こえ、いよいよその時がせまる。


 カウントダウンが始まった。五秒前から。

 五、四、三、二、一……。


 そして、大きな音と共にたくさんの花火が夜空に咲きほこった。


 歓声かんせいが上がる。何か叫んでいる人もいる。何も言わない人もいる。ただ皆一様に、同じ景色に目を奪われ、心を奪われていた。


「綺麗だね」


 呟くように言ったその言葉は、果たしてソフィアちゃんに届いただろうか。


 なんともなしに隣を見る。


 まるで子供のように目を輝かせ、夜空に咲く花々に心踊らす少女がそこにいた。

 なんて綺麗なんだろう。この世界に存在するどんなものより、花火の光に照らされたこの横顔は美しくまたとうとかった。


「綺麗だね」


 もう一度今度は、ソフィアちゃんの方を向いてそう言う。


 この言葉は届かなくていい。だって、届いてしまったら、きっと違う意味としてとらえられてしまうから。


 このままではまずいと、視線をソフィアちゃんから海老えび色の空へと戻す。


 夜になり掛けの空にはまだ明るさや赤さが残り、そこに色とりどり・多種多様な花火が次々と咲き誇る。またその光景が川面かわもに映り、上だけではなく下にも光の花を咲かせていた。


 握った手に、知らず知らずの内に力が入る。

 すると、向こうからも同じだけの力が返ってきた。


 前を向けば無数の花火、そして隣には特別で大事な人が……。


 あー。このまま時が停まればいいのに……。


 そんな事を考え、ふと思う。


 そういえば最近、どこかで同じ事を思ったっけ? あれは……。そう。文化祭のカップルコンの時だ。その時もやはり、隣にはソフィアちゃんがいて……。


 結局のところ私は、ソフィアちゃんの事が――


「好き、なのよね、きっと。――っ」


 声に出してしまってから、ようやく自分の口が実際に動いていた事に気付く。


 いや、ふざけて本人に言った事はあるし別に聞かれてもいいんだけど、本意気のやつはやはり恥ずかしい。花火の音にまぎれて聞こえてないといいのだが……。


 ちらりと隣の様子をうかがう。


 相変わらずその顔は正面を向いており、私の声が聞こえていた風には見えなかった。


 視線を前方に戻し、ほっと胸をで下ろす。


 握った手にこもったソフィアちゃんの力が更に強くなった気もするが、多分それは花火のせい、だろう。




第二章 花火の音〈完〉

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