第12話(3) 髪飾り

 園内には屋台が立ち並ぶエリアの他に、もう一つ夏祭り仕様のエリアが存在する。

 そこには大きめな舞台が一つ置かれており、今も何やらイベントの真っ最中のようで周囲はそれなりに盛り上がりを見せていた。


 そのエリアに足を踏み入れた私達は、舞台に目をやるどころかむしろどんどん離れていき、エリアの隅に建つテントの群れにそそくさと近付いていく。


 本部テントに来た理由は、もし忘れ物が届くならここだろうと一縷いちるの望みを掛けて――というわけではなく、ここに私の付けていた髪飾りによく似た物が届いたというタレコミがあったからだ。

 そう。それが、先程の秋元さんからのラインの内容だったのだ。


「あ、水瀬さんと早坂さん。こっちこっち」


 本部テント内の丸椅子に座った秋元さんが、こちらに気付き大きく手を振る。

 その隣には同じく浴衣に身を包んだ松嶋さんが座っており、そちらとも私達は軽く挨拶あいさつを交わす。特に松嶋さんとは二人とも本日初対面だった。


「えーっと、その子は?」


 本来の目的である髪飾りの所在を早く明らかにしたいところではあるが、どうしても秋元さんのひざの上に座る存在が気になってしまい、まずそこから聞く事にした。


「歩いてたら見つけた、迷子の迷子の子猫ちゃんってね」


 浴衣姿の幼――もとい、七・八歳くらいの女の子の頭をでながら、秋元さんが冗談めかしにそう言う。


 まぁ、今のでなんとなくこれまでの経緯は分かった。


 おそらく、迷子を本部テントまで連れてきて、そこで偶然届けられた髪飾りを目撃したと、そういうわけだろう。


「お名前は?」


 腰を落とし女の子と目線を合わし、そう尋ねる。


「みさき。おおぞらみさき」

「よく言えました」


 言いながら、秋元さんが女の子――みさきちゃんの頭を撫でる。


 みさきちゃんはみさきちゃんでされるがままにされており、その様子を見るに秋元さんはみさきちゃんを可愛く思っているし、みさきちゃんも秋元さんになついているようだ。


 秋元さんは、子供の扱いに慣れているのだろうか?


 みさきちゃんに私とソフィアちゃんが軽く自己紹介をし、ようやく本題に入る。


「で、髪飾りは?」

「こっち、付いてきて」


 私の問い掛けに、松嶋さんが答え立ち上がる。そして、どこかに歩いて行ってしまう。


 私達は顔を見合わせると、松嶋さんの背中を追った。


 テントは複数あり、今私達がいるのが迷子預かり所、そしてこれから向かうのが落とし物預かり所、といったところだろう。


 一旦テントを出て、別のテントに入る。

 入ってすぐの所に長机が置かれており、その中央にデカデカと落とし物と書かれた紙がられていた。


「すみません」


 長机の向こうに座るおじさんに私ははやる気持ちを抑え、そう声を掛ける。


「はい。なんでしょう」

「彼女がしてる髪飾りの色違いが、こちらに届いてませんか?」

「あー。はいはい。さっき届いた」


 おじさんが立ち上がり、後ろに置かれたもう一つの長机の上から何かを手に取り、こちらに戻ってくる。


「これですか?」

「はい。ありがとうございます」


 髪飾りを受け取り、胸の前で握る。それから目立った傷がないか、色々な角度から眺める。


 良かった。大丈夫そうだ。


 おじさんにもう一度お礼を言い、私達はテントを後にした。


「やっぱりそれ、水瀬さんのだったんだね」

「でも、どうして?」

「さっきの子連れてきた時にちょうどカップルが落とし物のとこに来てて、髪飾りって言葉も聞こえたからちらっと覗いて、それで桜がもしかしてって」

「そうだったんだ」


 秋元さんに報告とお礼を言うため、そのまま三人で迷子用のテントに戻る。


 テント内では、みさきちゃんが秋元さんと何やらおしゃべりをしていた様子だったが、私達が来たのに気付くと恥ずかしそうに口をつぐんでしまった。


 年頃な事もあってか、みさきちゃんは人見知りなようだ。


 そう考えると、出会って間もないにも関わらず、みさきちゃんとここまで仲良くなった秋元さんは只者ただものではない。


「ありがとう、秋元さん。知らせてくれて」


 テントに入るなり、私は秋元さんに開口一番お礼を告げる。


「あ、やっぱり。さっき一度付けてるの見たからさ、じゃないかって思ったんだよね」

「本当にありがとう」

「どういたしまして。けど、もう落としちゃダメだよ」

「うん」


 本当に、今度こそ気をつけないと。


「貸して。付けてあげる」

「え? あ、うん」


 ソフィアちゃんに言われ、髪飾りを手渡す。


 確かに、鏡を使わないといいポジションに付けるのは難しいかもしれない。

 実際、家で付けた時は鏡の前で何度かポジションを直した。結局、正解は見つけられず、なんとなくいい位置でお茶をにごす結果となったわけだが。


「はい」


 付けられた合図とばかりに、最後になぜかソフィアちゃんに頭をポンと叩かれる。


 まぁ、痛くはなかったので別にいいんだけどね。


「ありがとう」


 頭に戻った髪飾りの存在を確かめるように、私はそれに左手でそっと触れる。


 そんなわけないのに、ほんのり温かさを感じた。


「良かったね、お姉ちゃん」

「え?」


 ふいに発せられたみさきちゃんの言葉に、私は驚き戸惑う。


「それ、大事な物なんでしょ?」


 純真じゅんしん無垢むくな幼い瞳が私を見つめていた。その瞳と目が合った瞬間、まるで自分の心の奥底をのぞき見られているような、そんな感覚におちいった。


 だから私は――


「うん。とっても大事な物だよ」


 みさきちゃんに対し微笑ほほえみ、はっきりとそう答えた。

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