第12話(2) 髪飾り

 結論から言うと、みだらしだんごとみたらしだんごは味の方向性がそもそも違った。

 みたらしだんごの方は甘辛いがみたらしだんごに甘さはなく、甘味かんみというよりかは軽い食事のための物のようだ。名前も似ていて姿も同じなのにここまで味が違うとは。これも地域性というやつだろうか。


 とはいえ、これはこれで……。


 たませんとみだらしだんごを食べ終えると、私は改めて周囲を見渡した。


「人増えてきたね」


 花火が近付き、段々と辺り一帯の人数も増えてきたのだろう。ただでさえ密集しやすい状況なのに、人の総数が増えればこうなる事は当然であり必然だった。


「まだ時間あるし、別の所行く?」

「うーん……。そうしよっか」


 少し考えた末に、私はソフィアちゃんにそう言葉を返した。


 この付近にあるのは食べ物系の屋台だけで、楽しむ事を目的とした屋台は一つもない。綿あめにチョコバナナ、たませんにみだらしだんご。お腹の方は十分満たされたので、次は娯楽ごらくの方にシフトするとしよう。


「ゴミ、捨ててくるわね」

「あ、うん」


 まとめたゴミが入れられたパックを手に、ソフィアちゃんが立ち上がる。そして、ゴミ箱のある方へ歩き出した。


 ゴミ箱は比較的近い場所にあり、ソフィアちゃんはすぐに戻ってきた。


「いお……」


 が、その顔はなぜかえなかった。


 どうしたのだろう?


「髪飾り……」


 髪飾り?


 ソフィアちゃんに言われ、私は髪飾りがあるだろう場所を触る。


 ……ない。


「え? うそ!?」


 近い場所を続けてさわるが手にれる物は髪の毛ばかりで、肝心の髪飾りは影も形もなかった。


 あんな大きな物だ。鏡を見るまでもない。触れて無い以上そこにはないのだろう。という事は、つまり、もしかして、どこかに――


「落とした?」


 もしかしても何も、この状況、それしか考えられない。でも、どこに?


「とりあえず、今日行った場所探してみましょ」

「……うん」


 いまだ混乱途中のぼんやりとした思考のまま、なんとか立ち上がり、まずはたませんの屋台のある方へと歩き出す。


 一体、どこで落としたのだろう? というか、いつまであったんだろう?


「ソフィアちゃんは、いつまで私の頭に付いてたか覚えてる?」


 彼女の立つ方とは逆の方を重点的に探しながら、私はソフィアちゃんにそう尋ねる。


「そうね。ベンチから立ち上がった時にはまだあったような……。その後はちょっと、記憶にないわ」

「……って事は」


 ベンチから石垣に座るまでの間に落とした可能性が高いというわけか。


 屋台のあるエリア内で私が移動しただろう場所を一通り探してみたが、髪飾りは見当たらなかった。


「次は、出入り口の方に行ってみましょ」

「……うん」


 入る時もみくちゃにされたし、落とした場所としてはあそこが一番有力な気がする。

 逆に言えば、そこになければ……。


 しかし、そんな私の淡い期待を打ち砕くように、周囲をいくら探しても、髪飾りはついに出てこなかった。


 どうしよう……。


 無くしてしまったショックも当然あったが、ソフィアちゃんへの申し訳なさが私の中で強く渦巻うずまいていた。


 折角せっかく買ってくれたのに、貰って早々無くすなんて……。


「いお」


 両頬を挟まれ、うつむいていた顔がソフィアちゃんによって無理矢理上げられる。


 ソフィアちゃんと至近距離で目が合う。


「まだ探してない場所があるでしょ」

「そうだけど……」


 私はもし髪飾りが見つかるなら、園内でだと思っていた。人との接触があった場所だし、落とした要因はそれしかないとすら考えていた。なのに、園内で髪飾りは見つからず……。


 実際にこうして無くすまで私は、自分が髪飾りにここまで思い入れを持っているとは思っていなかった。

 貰ったと言っても同じお店・同じタイミングでお互いに買い合っただけだし、なんなら喜ぶソフィアちゃんを見て疑問すら感じていた。だけど、無くしてみて気付いた。私はソフィアちゃんから貰った髪飾りを、本当はとても大事に思っていたのだと。


「ソフィアちゃん、ごめんね」

「なんで謝るのよ」

「だって……」


 油断すると言葉と共に、瞳から涙があふれそうになる。


 泣いても仕方ないのは分かっている。泣いたら困らせる事も分かっている。けど……。


 ブーブーと何かが震える。場所は私の持つ巾着の中。つまりこれは、スマホに何らかのものが来た事をしらせる通知音。


 こんな時に、誰がどんな要件だろう?


「見ないの?」

「でも……」


 正直そういう気分ではないし、そういう流れでもない気がする。


「何か大事な要件かもよ」

「……」


 ソフィアちゃんに促され、私は巾着からスマホを取り出し、それを操作する。


 届いていたのは、秋元さんからラインだった。


 祭りを楽しんでいる事の報告だろうか。今はとてもそんな気分ではないのだが……。

 とはいえ、ここまで来て内容を確認しないわけにはいかない。まだライン本体の画面は開いていないので、既読きどくは付いていないがそういう問題ではないだろう。


「え?」


 その内容を見て、私は思わず驚きの声をあげる。そして、辺りをキョロキョロと見渡す。


 少なくとも、見える範囲には秋元さんの姿は見当たらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る