第11話(3) 夏祭り

「お待たせ」


 程なくして、ソフィアちゃんが私の元にやってきた。それぞれの手に、一つずつチョコバナナを手にして。


「お帰り」


 そう言って私は、ソフィアちゃんを出迎える。


「誰かと話してなかった?」

「あー。秋元さん。松嶋さんが型抜きやってて、その間暇だからって」

「ふーん……。行こうか」

「うん」


 ソフィアちゃんの隣に並び、再び歩道を行く。


 時間が経つにつれ行き交う人の数は増え、辺りも大分賑わってきた。歩くのに苦労する程ではないが、あまり気を抜いていると人にぶつかりそうだ。


「人が増えてきたみたいだし、どこかで座って食べましょうか」


 その様子を見て、ソフィアちゃんがそう口にする。


「どこかって?」

「そうね……」


 私の問いに、ソフィアちゃんが辺りを見渡す。


「あそこなんてどう?」


 ソフィアちゃんの視線の先には、歩道に設置されたベンチが。


「うん。いいんじゃないかな」

「じゃあ、行きましょ」


 ソフィアちゃんを船頭せんどうに、車道を横切り歩道に向かう。


 当たり前の話だが、こちらはこちらで人通りはある。しかし、どちらかと言うと、歩道を歩く人はあくまでも移動を優先しているため、流れは車道に比べて早くまた人の数も少ない。


 ベンチに二人並んで腰を下ろす。


「ふー」


 知らず知らず、私の口からそんな吐息にも似た声がれた。


 まだ疲れた、という程歩いたわけではないが、それでも腰を下ろせば気は抜ける。加えて今日は格好が格好だ。自分が思っていた以上に気を張っていたのだろう。


 隣を見ると、ソフィアちゃんが左手に持ったチョコバナナを頬張ほおばっているところだった。


「いおも食べる?」


 その視線を違う意味にとらえたのか、自分の口からチョコバナナを離しながら、ソフィアちゃんがそんな事を私に尋ねる。


「そうだね。もらおうかな」


 ベンチに座った今ならももの上に綿あめを置けるし、両手が使える。


「はい」


 ソフィアちゃんによって、右手に持ったチョコバナナが私に差し出される。


「……」


 それ自体はいい。今はそういう流れだったのだから。問題は、差し出されたチョコバナナの位置というか高さ。チョコバナナは、明らかに私が持つ事を想定した場所にはなかった。この高さは明らかに、直接口に入れる事を想定したものだった。


「どうかした?」


 この感じ、私が何考えているか完全に分かっていて聞いてきているな。


 仕方ない。観念かんねんするか。


「あー」


 ソフィアちゃんに向かって口を開ける。するとそこに、チョコバナナが差し込まれた。


 それを適度な所でみ切る。


「んっ。美味しい」


 チョコとバナナの組み合わせは、ある意味暴力的だ。甘くて美味しい物に甘くて美味しい物をコーティングするなんて、この食べ物を考えた人は絶対頭が悪い(褒め言葉)。つまり、チョコバナナ最高。これを考えた人は、ノーベルなんたら賞をもらってしかるべきだ。


「これ食べたら、公園の方行ってみない?」

「公園?」


 ソフィアちゃんの提案に、私はそう言って首をかしげる。


「そう。なんか、そっちの方が変わり種の屋台多いんだって。B級グルメ、的な?」

「へー」


 確かに、それは見てみたいかも。


「花火は七時からだっけ?」


 屋台や出し物を楽しむのも大事だが、そちらはそちらでしっかりと楽しみたい。


「うん。早めに行って場所取りする? 私はそれでもいいけど」

「うーん。何時間も待つのもな……」


 一時間くらいなら別にいいが、二時間も三時間も待つのはちょっと。それなら、その時間を使って屋台を見て回った方が楽しそうだ。


「OK。じゃあ、六時半くらいに着くように行きましょうか」


 現在の時刻は五時十五分。つまり、お祭りを楽しめる時間は、移動する事を考慮に入れると後一時間程といったところか。


「見る場所って決まってるの?」

「公園からもある程度は見えるらしいけど、川沿いにあるテニスコートがおすすめってネットにはあったかな」

「テニスコート……」


 ソフィアちゃんに正式な名前を聞き、そのテニスコートの場所をスマホで検索してみる。


 現在地からは徒歩五分。そして、これから向かおうとしている公園からは徒歩二分。どちらにしろ、そこまで時間を気にする距離ではなさそうだ。


 それにしても、今回は本当ソフィアちゃんに任せっきりだな。地元の事とはいえ、さすがに甘え過ぎな気もする。まぁ、今更ジタバタしたところで後の祭りなので、今回はその立場を甘んじて受け入れるが。


「はい」


 口の前に差し出されたそれを、無言で食す。


 美少女に奉仕ほうしされる様は、はたから見たらさぞいいご身分に映っている事だろう。


 ホント今日は、甘えっぱなしである。

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