第11話(2) 夏祭り

 実のところ、ここの夏祭りを訪れるのは初めてだった。


 地元の夏祭りの規模がそれなりに大きくそれで事足りるため、わざわざ他の市にまで出向いてきて参加する必要がないというのがその一番の理由だ。一番でない理由は去年まで中学生(それより下)だったため遠出が難しかったというものだが、まったくしていなかったわけではないので結局は最初の理由だけで十分な気もする。


 駅から歩く事およそ十分、ようやく夏祭り会場がその姿を現した。


 車両等を通行止めにした車道の両端に、たくさんの屋台が並んでいる。ソフィアちゃんの話によると、数百メートルにもおよぶこの屋台の一段もまだ全体のほんの一部に過ぎないようで、ここの他にも公園やショッピングセンターの駐車場に大多数の屋台が出店しているらしい。


「適当に見て周りましょうか? もちろん、気になったものがあれば買ってもいいけど」


 ソフィアちゃんにそう言われ、私は初めて動物園に来た子供のようにあちらこちらに視線を移しながら、彼女に連れられ車道を進む。


 屋台自体に特段変わった所はない。かき氷にチョコバナナ、唐揚からあげにフランクフルト、ヨーヨー釣りに金魚すくいと、よく見る屋台が並んでいるだけだ。なのになぜだろう? こんなにも胸がワクワクするのは。


「あれ。あれ食べない?」


 私は一つの屋台を指差し、ソフィアちゃんの手を引っ張る。


「綿あめか……。まぁ、二人で一つ食べるなら歩きながらでも食べ切れるか」

「じゃあ、決まり」


 言うが早いか、私はソフィアちゃんの手を引いて屋台の前に行く。


「綿あめ一つ」

「はいよ。どれにします?」


 屋台のおじさんの言うどれとは、ふくろがらの事だ。どれを選んでも中身は変わらないし、別にどれでもいいんだけど……。


「なら、これで」

「これですね」


 おじさんが一つの袋を手に取り、こちらに渡してくれる。


「五百円になります」


 財布を取り出そうとした私の手から、ふっと綿あめが消えた。隣を見ると、ソフィアちゃんが綿あめを私の代わりに持ってくれていた。


「ありがとう」


 お礼を言い、私は会計を済ます。


「五百円ちょうどですね。まいど」


 綿あめはソフィアちゃんが持ったまま、私達は屋台を後にする。


「どうぞ、お姫様」


 袋を開け、ソフィアちゃんが私の方にその口を向けてくれる。


「そのネタ、まだ覚えてたの?」


 と言いつつ、私は綿あめの上部を右手でちぎり、それを口に運ぶ。


 うん。甘い。当たり前だ。元は砂糖なのだから。

 綿あめの原価は数十円らしい。昔テレビで見た情報なので確かな事は分からないが、材料を考えれば全くのデマというわけではないだろう。それが分かっているのにこうして買ってしまうのは、やはり祭りの空気のせい、なのかもしれない。


 ちなみに、綿あめ機のレンタル料は一日五千円程。そこに光熱費や人件費、後は袋代等を組み合わせると、いくら原価が数十円とはいえ一つ売ったらボロもうけ、とはならないようだ。なので、綿あめの屋台を見ても、アコギな商売とは思わないようにしよう。


「ソフィアちゃんも食べたら?」

「じゃあ、遠慮なく」


 袋に左手を突っ込み、ソフィアちゃんも綿あめを一掴ひとつかみ口に入れる。


「うん。たまに食べると」


 その後に続くのは美味おいしいだろうか。


 確かに、綿あめはこういう機会がない限り食べないし、実際、頻繁ひんぱんに食べたら速攻できる気がする。幼い頃は毎日でも綿あめを食べたいと思っていたが、実現しなくて本当に良かった。実現していたら、今頃は綿あめを嫌いになっていたかもしれない。


「ソフィアちゃんはどこか寄りたい所ないの?」


 綿あめを食べ進めながら、私はそうソフィアちゃんに尋ねる。


「私は……チョコバナナ食べたいかも」

「チョコバナナ?」

「ほら、綿あめと一緒で、お祭りの時くらいしか食べる事ないから」

「あー……」


 まぁ、焼きそばやフランクフルト、かき氷やベビーカステラ等は、正直いつでも……とは言わないが、食べる機会は日常にも存在する。現に、ベビーカステラ以外は全て、この一年で一度は日常生活の中で食べた記憶がある。

 そしてベビーカステラも、この前ソフィアちゃんと行ったショッピングモールに売っているので、食べようと思えばいつでも食べられる。しかしチョコバナナは、私が知らないだけかもしれないが、この辺りで売っている店があるという話は聞いた事がない。とすれば――


「私も食べようかな、チョコバナナ」

「なら、見つけたら私がいおの分も買ってくるね」

「え? なんで?」

「だって、どっちかが綿あめ持ったら、もう一方がチョコバナナを二本持つしかないでしょ?」

「確かに……」


 そうなった時にどちらが綿あめを持つべきかは、火を見るより明らかであり、逆になぜ今ソフィアちゃんが綿あめを持っているのか不思議なくらいだ。


「というわけで、はい」

「わ」


 突如とつじょ私の腕の中に収まった綿あめに驚き、私は思わず声をあげる。


「ちょっと行ってくるわね」


 言うが早いか、ソフィアちゃんの姿が見つけたチョコバナナの屋台の方に消える。


 残された私は、綿あめを食べながらソフィアちゃんの帰還をその辺の邪魔にならない所で待つ事に。


「かのーじょ、一人?」


 どうやらそれは、私に対する声らしかった。


 私相手にナンパかと思い声のした方にちらりと視線を向けると、そこに立っていたのは見知った顔だった。


「秋元さん」

「やー、水瀬さん。早坂さんは? 一緒じゃないの?」

「あそこ」


 ソフィアちゃんの所在を聞かれ、チョコバナナの屋台を指し示す。


「あー……」

「そういう秋元さんこそ、松嶋さんは一緒じゃないの?」

「あそこ」


 今度は秋元さんが、別の屋台を指差した。


「型抜き……」

「そう。相方は現在絶賛集中ちゅーってな感じで、急きょ手持ち無沙汰ぶさたになった私は何かないかと辺りを見渡し、偶然一人ただずむ水瀬さんを見つけたってわけ」

「なるほど」


 つまり、私は暇潰ひまつぶしの相手というわけか。


「……」


 ふいに秋元さんが、私の事を足元から頭のてっぺんまですーっとめるような視線で見つめてきた。


「な、何?」

「え? あ、ごめん。可愛かったからつい」

「かわっ! そんな、秋元さんの方が美人だし可愛いよ。浴衣もよく似合ってるし」


 秋元さんの着る浴衣は、白地にたくさんの赤い金魚が描かれた、シンプルながら目を引く彼女にぴったりなデザインとなっていた。また紺色の帯が色合い的にもそれ一つで全体をキュッとめており、浴衣及び着ている人間の華やかさを際立きわだたせていた。


 馬子まごにも衣装という言葉があるが、仮に私がこの衣装を着てもとてもこうはならないだろう。


「私が可愛い事と水瀬さんが可愛い事は全く別の話じゃない? 違う?」


 子供をさとす大人みたいに、秋元さんが私の目を見てそう尋ねる。


「それは……」


 確かにその通りだけど……。


「その袋に描かれた猫のキャラクターも、黄色いネズミのモンスターも、どちらも可愛い。それと同じだと私は思うな」

「……うん。そうだね」


 められてとっさに否定するのは私の悪いくせだし、否定する時の理由として適当なものをでっち上げるのは更にもっと悪い私のくせだ。


「じゃあ、やり直し」

「え?」


 こほんと咳払いの真似事まねごとをすると、


「え? あ、ごめん。可愛かったからつい」


 秋元さんは先程と全く同じ台詞せりふを全く同じ言い方で口にした。


「えーっと……。どうもありがとう?」

「うん。よろしい」


 私の答えに満足したのか、秋元さんがまるで教師のようにそう言ってうなずくのだった。

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