第11話(1) 夏祭り

 浴衣を着るのは久しぶりで、慣れないせいか変な感じがする。


 一年前の私も、こんな風に思っていたのだろうか? たった一年前の事なのに、昔過ぎて上手く思い出せない。それだけこの一年――いや、数ヶ月が濃密だったという事、かな。


 電車に乗り、目的地を目指す。


 駅に一つ着く度に、車内の人口密度がだんだんと増える。私同様、夏祭りに向かう人がそのほとんどだろう。その証拠に、男女問わず浴衣姿の人の姿が車内にはちらほら見受けられた。


 浴衣の着用率は、やはり男性より女性の方が多い。着るのが面倒というのも、その理由の一つかもしれない。なんとなくだが、男性より女性の方が準備に時間を掛けるのをよしとするイメージがある。本当に、なんとなくだが……。


 いつも降りる駅の二つ先の駅で、人込みに乗って私も降車する。


 改札を潜り、辺りを見渡す。


 ……いた。薄い水色に青い花の模様が付いた浴衣姿の、超絶美少女が。


 帯は赤く、それがいいアクセントになっている。髪の左側にはこの間私があげた(?)髪飾りが付いており、金色の髪に華をえていた。


 浴衣姿だからか。いつもより、ソフィアちゃんに集まる周りの視線が多い。それだけ浴衣に、可愛いものを更に可愛く見せる魔法がそなわっているという事だろう。


「……」


 しばしその姿に目を奪われていると、ふいにソフィアちゃんと目が合った。


 何やらこちらをにらんでいる。

 姿を発見したくせに近寄ってこず、立ち止まって見つめていたからかもしれない。


 意を決して私は、注目の的へと一歩足を踏み出す。


「ま、待ったー?」


 あははと乾いた笑いを浮かべながら、私はソフィアちゃんの前に立つ。


「何してたのよ」

「いやー、あまりの美しさに目を奪われてたというか……」

「何よそれ」


 私が冗談を言ったと思ったのか、ソフィアちゃんがあきれたようにそう言い捨てる。


 冗談などではなく、本当の事なのに。


「……」


 仕返しのつもりだろうか、今度はソフィアちゃんが私の事をじっと見つめてくる。


「え? 何?」

「よし」


 そう言うとソフィアちゃんは、きびすを返しどこかに向かって歩き出してしまう。


「……は?」


 なんだ、今のは……?


「ちょっと、ソフィアちゃん」


 慌てて私は、その背中を追い掛け隣に並ぶ。


 今から一緒に夏祭りに行こうというのに、ここで置いていかれたら、私は一体この場所に何をしに来たのか、そしてどこに向かえばいいのか、二重の意味で迷子になってしまう。


「ごめんなさい。あまりの可愛さに直視出来なかった」

「いやいや、さすがにそれは――」


 笑いながら、言い過ぎと言葉を続けようとしたが、ソフィアちゃんの顔を見て思わず止める。


 なぜならその顔が、リンゴあめのように赤かったから。


「少し時間だけ待って。すぐ慣れるから」

「慣れるって、全然こっち見てないじゃん」


 見慣れるというのなら、こちらを見なければいつまで経っても状況は改善しないのでは?


「大丈夫。横目で見てるから」


 なんだ、それ。

 まぁ、当人がそれで慣れると言うのだから、とりあえずはこのまま過ごすとしよう。


「電車混んでなかった?」

「え? あぁ、うん。そこそこだったかな。登校する時くらい?」


 休日にそれだけ混んでいれば十分な気もするが、困る程ではなかったので評価としてはそこそこ止まりだ。


「そう。それは良かったわ」

「うん」

「……」

「……」


 ダメだ、こりゃ。

 仕方ない。多少荒療治になってしまうが、何もしないで手をこまねいているよりかはずっとマシだろう。


「ソフィアちゃん」

「何よ」


 その返事を合図に、私はソフィアちゃんの腕に自分の腕をからませた。


「い、一体、何を?」

「いいから、いいから」

「いや、こっちが良くないんだけど」

「大丈夫、大丈夫」

「ちょっと、いお!」


 荒療治のおかげか、その後のソフィアちゃんの様子はいつもの調子に戻り、結果的に私の作戦は成功を収めたのだった。

 まぁ、その代償として私はしこたま怒られたわけだが。

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