第10話(3) 浴衣

「――とまぁ、そんな感じなんだけど……」


 一通り一連の流れを話し終えた私は、そう言って松嶋さんの反応をうかがう。


 大分つまんで話したため私による脚色や編集が加わり、細部は事実と異なるが、大まかな部分は今話した通りで間違いなかった。


「川遊びにお風呂……。二人の仲が良さそうで何よりだよ」


 満面の笑みだった。


 私は話が上手うまい方ではないので、ちゃんと伝わるか不安だったが、松嶋さんの反応を見るに、その心配はいらなそうだ。


「さすが我が校のベストカップル。我々の期待を裏切らない話を提供してくれる」

「我々?」

「ううん。なんでもない。今聞いた話、さくらにもしてもいいかな?」

「え? いいけど……」


 わざわざそんな風に許可を取られると、大した話でないだけに、何やら申し訳ないような気さえしてくる。


「楽しそうね」


 声のした方に目を向ける。そこには、紙で出来た箱を手にしたソフィアちゃんが立っていた。その後ろには、同じ物を持った秋元さんの姿も。


「おかえりー」

「……ただいま」


 私の出迎え方が気に入らなかったのか、ソフィアちゃんが少しムスッとした顔をして私の前に腰を下ろす。


嫉妬しっと?」

「ちがっ!」


 松嶋さんがつぶやくように言った言葉に、ソフィアちゃんが条件反射のようにそう返す。


 なるほど。


「違うから。私、そこまで心狭くないし」


 その否定の仕方は、果たして正解なのだろうか。いや、まぁ、ソフィアちゃんがそれでいいなら、私としても別にいいのだが……。


「ところで、それって……」


 話の流れを変える意味も込めて、私はテーブルに置かれた箱に話題を移す。


「あー、たこ焼き」

「なんでたこ焼き?」

「甘い物食べた後だから、逆にこういうのがいいかなって」


 まぁ、言わんとする事は分からなくもない。甘い物の後にはしょっぱい物を食べたくなるというし、それと似た思考パターンだろう。


 ふたを開け、中に入っていたつまようじを使い、ソフィアちゃんがたこ焼きを自分の口に持っていく。


 思ったより熱かったのか、すぐには飲み込まずハフハフと口の中でたこ焼きを転がす。その姿はとても可愛らしく、思わず見ている私の口元には笑みがこぼれていた。


 ふとソフィアちゃんと目が合う。

 何見てるのよ。いおも早く食べなさいよ。――と言いたげな目だった。


 私は苦笑をし、その言葉に従う。


 たこ焼きには、必ずと言っていい程つまようじが二本付いてくる。それは二人でシェアして食べるため――ではなく、本来は二本使って上手にたこ焼きを食べるためなのだが、その意図を察し実践している人はほとんどいないように思う。


 それはそれとして――


 私はソフィアちゃんにならい、一本のつまようじを使ってたこ焼きを口に運ぶ。そのまま全部入れたらソフィアちゃんの二の舞なので、半分だけかじった。熱くないと言ったらうそになるが、想定の範囲内、あせる程ではない。うん。美味おいしい。


 隣の席でも、似たような光景が繰り広げられていた。秋元さんがハフハフしており、松嶋さんが冷静にたこ焼きを食す。二人の関係性は私達とよく似ているのかもしれない。


「二人は今度のお祭り行くの?」


 まだ口内をふさがれているお互いの相方を余所よそに、松嶋さんがふとそんな事を尋ねてくる。


「うん。そのつもり。ここに来る前もちょうどその事を話してて」

「そうなんだ。二人で?」

「うん。そう……」


 松嶋さんの質問の意図を正確に理解しているだけに、どうしても返答の前に構えてしまって、私は素直な反応が出来ずにいた。


「私達も行くのよね、二人で」

「え? あ、うん」


 秋元さんが笑顔で言い放ったその言葉に、松嶋さんが戸惑いながらそう応える。

 おそらくだが、今のは牽制けんせい。私――にではなく、松嶋さんへの。あまり迷惑を掛けるなという事だろう。


 その証拠に、秋元さんの方に目をやると、ウィンクを返されてしまった。


 美少女からのウィンク……ごちそうさまです。


「んっ」


 場の空気を改めるように、ソフィアちゃんがわざとらしくせき払いをする。


 本当に可愛かわいくて困る。


「私達は浴衣を着るつもりだけど、二人はどうするの?」


 ソフィアちゃんからの質問を受け、秋元さんと松嶋さんが顔を見合わせる。


「私達は、ねぇ……」と秋元さんが言い、

「全然そんな事、考えすらしてなかった」と松嶋さんがそれに続く。


「なんで? 浴衣なんて着れる機会そうないんだから、こういう時に着ないでどうするの?」


 自分も私が着なければ着ないような事を言っていたくせに、よくもまぁそんなおまし顔でいれたものだ。


「確かに……」


 しかし、何も知らない松嶋さんは、ソフィアちゃんの言葉にしっかり感化されてしまったようで……。


「え? 着るの?」


 それに対し秋元さんが驚きの声をあげる。


「ダメかな?」

「ダメじゃないけど……」


 松嶋さんのお願いにも似た問い掛けに、悩む素振そぶりを見せる秋元さん。


 意外だ。てっきり、この二人の主導権は、なんやかんやで秋元さんにあると思っていたのだが……。


「じゃあ、着るか……」

「ありがとう、桜」


 こうして、新たに二人、夏祭り当日に浴衣を着る女子高生が増えたのだった。


 その状況を作った当の本人は、自分の仕事は終わったとばかりに、ひどく満足げな表情で二つ目のたこ焼きを熱そうに頬張っていた。


 もしかして自分が着る事になったから、だったらこの二人も巻き込んでやれと姑息こそくな考えを働かせたのだろうか。だとしたら、ソフィアちゃんは私が思っていた以上に器の小さい人間、という事になる。

 ……いや、ソフィアちゃんは元々、そんなに器の大きい人間ではなかったか。嫉妬もよくするしね。

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