第二章 花火の音

第10話(1) 浴衣

 なんやかんやしている間に、あっという間に七月が終わった。

 つまり、貴重な夏休みの十日あまりがすでに泡のごとく消え去ってしまったという事だ。時間がつのは早い。それが楽しい事なら尚更なおさら


 そんな事をソフィアちゃんに言ったら、


「いおって、基本考えがけ――大人びてるわよね」


 と言われてしまった。


 言い掛けた言葉がなんなのか非常に気になるところだが、そこはまぁ大人びた私は海より広い寛大かんだいな心でスルーする。


 現在私達は、学校の最寄もより駅から歩いて数歩の駄菓子だがし屋に来ていた。店先に置かれたベンチに二人並んで座り、仲よくアイスを食べている。


 ちなみに、私が食べているのは長方形のソーダ味のアイスがぼうに刺さった物で、ソフィアちゃんが食べているのはソフトクリームをした物だった。


 ソフィアちゃんに呼ばれて来たものの、彼女の方も特に目的があったわけではなかったようで、それならと駅前で合流するなりすぐに私の提案でこの店に二人で足を運んだ。


 夏休み中という事で、駄菓子屋はそれなりににぎわっていた。今も三人の小学生らしき少年少女が、楽しげに買い物を楽しんでいる。


「子供の頃はひと月のお小遣こづかいが五百円しかなかったから、お菓子一つ買うのも死ぬ程悩んだっけ」


 その光景を見ながら、私はつぶやくようにそう言う。


 一つ数十円のお菓子でさえ、その頃の私には即断出来ない高価な代物だった。

 まぁ、バイトはしていないので、今でも言う程無駄遣むだづかいが出来るわけではないのだが。


「ねぇ、いお」

「んー? 何?」


 名前を呼ばれ、店内に向いていた視線と意識をソフィアちゃんへと戻す。


「今度の日曜日ってひま?」

「今度の日曜日?」


 えーっと、どうだっけかなと思考を巡らせてみるものの、夏休みの私の予定の大半はソフィアちゃんがらみで、他は家族で祖父母の家に行くくらいだった。


「別にいてると思うけど?」


 思うと言ったのはせめてもの抵抗、毎日暇をしている人間とは思われたくなかったのだ。

 いや、実際は全く持ってその通りなのだが。


「今度の日曜日にこの近くで夏祭りがあるんだけど、一緒にどうかなって」


 その物言いは、ソフィアちゃんにしては歯切れが悪かった。まさか、私が予定もないのに断ると思っているのだろうか。甘く見てもらっては困る。私は、ソフィアちゃんの誘いなら例え火の中水の中、祖母の家まで付いていく女だ。夏祭りくらい……。


「もしかしてソフィアちゃん、その日浴衣ゆかたを着たりは……」

「いおが着るなら着てもいいけど?」


 よし。もちろん、ソフィアちゃんは何を着ても似合うと思うが、あえての和装スタイルはギャップも相まって、おそらく芸術点が高い。まだ実際に目にしたわけではないので断言は出来ないが、その日私は生まれてきた事を神に感謝するだろう。


「着よう。是非ぜひ着よう」

「え、えぇ……」


 鼻息荒くせまる私に、ソフィアちゃんは体をわずかに後ろに引きながらそう答える。


 いけない、いけない。パッションがあふれるあまり、気がはやり、体が前のめりになってしまった。冷静に、冷静に。本番はまだ数日後。それまで初見の衝撃に耐えるべく、心を落ち着かせ、メンタルトレーニングにはげまなければ……。


「ところで、ソフィアちゃんって浴衣持ってるの?」

「多分……」

「多分?」

「持ってはいるけど、最近着てなかったからサイズが合うかどうか……」

「あー」


 浴衣なんて着る機会が限られているため、一度着る機会を逃すと二年も三年も着ない事はざらにある。私の場合、毎年友達と夏祭りに行っておりその時に着ているので、前回着た時とそれ程身長は変わっていないはずだ。


「家帰ったら確認してみるわ」

「うん。私も」


 サイズは大丈夫でも、一年近く放置していただけに何があるか分からない。さすがに、虫食いとかはないと思うが……。


 アイスを食べ終えた私は、立ち上がりゴミ箱に棒を捨てる。


「これからどうしよっか?」


 ベンチに座るなり、私はソフィアちゃんにそうたずねる。


「うーん、私の家行ってもいいけど……」


 特にする事が思い浮かばないといったところか。ちなみに、ソフィアちゃんの家に私が最後に行ったのは五日前、その時は宿題をしたり私が持参したブルーレイを見たりして過ごした。


「じゃあ、散歩でもする?」

「散歩?」


 私の提案に、ソフィアちゃんが不思議ふしぎそうな声をあげ、聞き返した。


「そう。考えてみたら、私この辺りよく知らないし」


 大体が学校と駅の往復で、ソフィアちゃんの家を除けばこの辺りで行った事のある場所といえば、あの喫茶店くらいだ。


「まぁ、それもいいかもね」

「じゃあ、決まり」


 私の言葉に笑みを返しながら、ソフィアちゃんが立ち上がり、ゴミ箱に容器を捨てる。


 ベンチから立ち上がり、私はその横に並んだ。


「どこ行こうか?」

「そうね……」


 そう言ってソフィアちゃんは、自身のあごに左手をやり、考えるそぶりを見せる。


「川の向こうなんてどう? 然程大きくはないけど、商業施設があるのよ」


 その存在は、文化祭の時に聞いて知っている。備品の調達は主にそこで行ったらしい。


「ただ、ここからだと二十分以上は掛かるのよね」


 まぁ、駅から学校まで歩いて十数分。そこから橋を渡って向こう側に行くのだから、どうしてもそれくらいは掛かるだろう。


「暇だし、いい運動になっていいんじゃない?」


 と言いつつ、最近は比較的歩いてばかりな気がする。ライラさんの家に行った時も、川に行くため結構山道を歩いたし。


「なら、目的地はその商業施設という事で」

「うん。れっつごー」


 目的地も決まり、まずは学校に向かって、二人肩を並べていつもの道を歩き出す。


「学校行くのも久しぶりだね」

「学校に行くわけじゃないけど」

「そうだけど……」


 げ足(?)を取るソフィアちゃんに、私は不服の意を込めて軽くほおふくらませて見せる。


「部活や夏期講習は行われてるから、意外と人はいるかもね」


 私のそんな様子などお構いなしに、ソフィアちゃんが会話を続ける。

 そもそも見てすらいないので、気付きようがないのだが。


「もしかしたら、クラスの誰かとすれ違うかも」


 私も別にそれを引っ張るつもりもなかったため、普通に言葉を返す。


「まぁ、奇跡きせき的にタイミングが合えば、可能性はなくはないかな」


 というような毒にも薬にもならない他愛たわいのない会話をしながら、私達は目的地までの道中どうちゅうを楽しく過ごしたのだった。

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