SS

「そういえば――」


 乗り込んだ電車が動き出したタイミングで、私はそう話を切り出す。


 車内に私達以外に人影はなく、長く伸びた座席は座りたい放題だったが、私達は変わらず文字通り肩を並べて座席の片隅に腰掛けていた。


 ここから鈍行で三十分。のんびり各駅停車の旅だ。


「背中で思い出したんだけど、葬式から帰ってくるといつもお母さんに背中を叩かれていたっけ。あれって、霊を払う意味があるのよね」


 確か、人から背中を叩かれてハッとする事によって、憑いていた霊が払われるとかなんとか。


「へー。そうなんだ……」


 ソフィアちゃんの反応は私の話した内容を知らなかったというよりかは、知っていてとぼけているようだった。つまり――


「もしかしてさっきのって……」

「おまじないって言ったでしょ」

「おまじないって……そういう事?」


 よくよく考えてみれば、単なる景気付けをおまじないとは言わないだろう。おまじないとはもっと非科学的な要素を含むものであり、景気付けをそこに当てはめるのはさすがに乱暴な気がする。


「望愛さんってやっぱり?」

「そんなような事を言ってはいるけど、確かな事は何も分からないわ」


 正直私は、どちらかと言うと幽霊の存在を信じている。怖い話を聞いた後、一人でお風呂に入る時はいつもの何倍ものスピードで髪を洗うし、電気のいていない廊下をある時はどうしても早足になってしまう。

 まぁ、信じていると言っても所詮はその程度のもので、幽霊の存在を熱弁したり何かエビデンスのようなものを持ち合わせたりしているわけでは全くない。言うなれば、いるかもしれない、いたら怖いといった感じの一般的なネガティブな感情を持っているだけだ。


「ソフィアちゃん。ソフィアちゃんのおじいさんの弟さんって、腰が曲がってるんだよね」

「? えぇ、と言っても、年相応の曲がり方だとは思うけど」


 私がなぜ突然そんな事を言い出したか分からないという感じに、ソフィアちゃんがいぶかしげな表情をその顔に浮かべる。


 やっぱり。

 あの時は湯船に浸かっているせいもあり思わず聞き流してしまったが、ソフィアちゃんのその言葉は私が見たものと明らかに矛盾していた。


「廊下で私が会ったおじいさん、背筋がピンと伸びてたんだよね」

「……」


 年は八十には届かないくらいだろうか。背は私より高く、百七十程。線は細く痩型。姿勢は良く、背筋はピンと伸びていた。白く染まった髪はうす――もとい、とても短く、肌が見え隠れしている。

 それが、おじいさんを見た時の私の感想だ。年相応だろうが、腰が曲がった人に抱く感想では到底なかった。


「もしかしたら、その時だけ背筋を伸ばしてたのかも」


 ソフィアちゃんがそう言って、私の思考に反論を試みる。


「どうして?」

「ほら、外の花を見るために」

「でも、その後は? 私と会話をしてる間もずっと背筋を伸ばしてたって事?」

「……かもね」


 自分でも苦しいと思っていたのか、ソフィアちゃんが早々にファイティングポーズをく。


「いおが見たのがどちらかは分からないけど、少なくともミア姉はそういう存在がいるって言ってる。特にあの一帯は神聖な場所だから、他に比べて、その、多いそうよ」


 神聖。許可なく足を踏み入れた者の末路を、ソフィアちゃんは私に語った。つまり、あの話も作り話ではなく……。


「けど、悪い霊はいないって」

「でも、キノコを採って死んだ人が……」

「そんなの昔の話だから、尾ひれはひれが付いて伝わったんでしょ。もしくは意図的にそうなるようご先祖様が伝えたか」


 それは確かにあるかもしれない。自分達の所有地に無断で入る者が少しでも減るようにと考えて、たまたま起きた事故か何かをオーバーに吹聴したか、あるいはそもそも何も起きていないか……。


「だったら、あの背中を叩いたのは?」


 悪い霊がいないのなら、それこそ必要ないのでは?


「ミア姉いわく、あれは霊を払うというより気を払ってるらしいわ」

「気?」


 気とは、気功などで話に出てくるあの気の事だろうか。


「ほら、神社やご神木の前に行くと、気に当てられたようになる事があるでしょ。ぼっとするというか。別に放っておいてもその内治るんだけど、め込み過ぎると発散に時間が掛かるみたい」


 それで、背中を叩いて強制的に発散させたというわけか。


「まぁ、全部、眉唾まゆつばな話だけどね」


 長々と語った話を、結局ソフィアちゃんはその一言でまとめた。

 つまり、本当のところは分からないと。


 ソフィアちゃんはそう言うけれど、私が背筋の伸びたおじいさんと会って話したのは事実で、そのおじいさんがお客さんの特徴と一致しないのもまた事実だ。きつなかされたという可能性もあるが、あのおじいさんが最後に告げた言葉には、今になって思い返せば、なんとなく思いのようなものが篭っていたような気がする。


 ――仲良くしてくれてありがとう。


 それはきっと、自分と仲良くしてくれてありがとうという意味ではなく……。


「どうかした?」

「ううん。なんでもない」


 不思議そうにこちらの顔をのぞき込んできたソフィアちゃんに、私は笑顔でそんな風に答える。


 あの言葉の真意は分からない。けど、そう思っておいた方が、心が温かくなる。ならば、それが私にとっての真実だ。


 幽霊がこの世にいるかは分からない。だから、今私達がした会話は物語なら本筋と全く関係ない、与太話よたばなしであり戯言ざれごとだ。馬鹿ばかな話(stupid story)、すなわちSS……なんてね。

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