第8話(1) 写真

 そのアニメは一言で言えば、恋愛ものだった。


 年の差、立場の違い。それらを乗り越えた先に生まれる本当の愛。そういうものが、このアニメには籠められていた。

 特に、子供と大人のちょうど中間故の感情と大人故の感情、その二つがぶつかり合った後の抱擁ほうようシーンは素晴らしく、涙無しでは見られない作品となっている。


 エンディングが流れ、エンドロールが始まった瞬間、私はこの作品の終わりを実感した。いい作品を見切ったという感情と終わってしまったという感情が入り混じり、少し複雑な思いを抱く。

 ……まぁ実際には、その後に数分続きがあるのだが。


 作品が終わり、選択画面に戻る。


 隣に目をやると、ソフィアちゃんが半ば放心状態といった表情で画面を見つめていた。


「どうだった?」


 少しの間をけ、私はそうソフィアちゃんに尋ねる。


「いい。凄くいい。なんて言うか、物語の良さがコンパクトに収められた感じ? 無駄な要素が削がれた、綺麗な、真剣を見たような……」


 自分でも思考が上手くまとまっていないのだろう。ソフィアちゃんは言葉を選びながら、そんな風に今見た作品の感想を述べた。


 とはいえ、その感想にはおおむね賛成だ。五十分弱という短い作品故に、内容がシンプルで展開も軽やかだった。だからこそ、何度も見たくなる、このアニメはそんな作品だ。


「ソフィアも気に入ったみたいで良かった」


 ディスクをケースに戻しながら、ライラさんがそんな事を言う。


 自分の好きなものを他の人に気に入ってもらえるのは、とても気持ちのいい事だった。それが自分の知り合い、大事な人なら尚更……。


 ライラさんが、リモコンでテレビの電源を切る。

 レコーダーの方は、テレビの電源を切ればそれにともない自動で切れる仕組みらしい。


 おもむろにライラさんが立ち上がり、押し入れのある方に向かう。

 ケースを片付けにいったのだろう。


「ソフィアちゃん知ってる?」


 そのかんに私は、この作品が最近有名なあの監督の過去作だとソフィアちゃんに告げる。


「え? そうなの? 絵とか全然違うけど」

「十年くらい前の作品だしね。それに、制作メンバーやお金の掛け方も全然違うから」


 まさに世界的大ヒットになったあの作品は、そうなるべく初めから動いていたのだろう。何かのインタビューで売れるものを売れるように作ったと言っていた事から、それまでとは違う事をやりだしたのは間違いなかった。


「って私、いおにお風呂の事聞きに来たんだった」

「あー」


 そう言えば、部屋に来た時、そんなような事を言っていたっけ。


「お風呂どうする?」

「……入ろうかな」


 昼に入ったのでどちらでも良かったが、明日には帰るためお風呂に入れるのはおそらくこれが最後。折角ならもう一度、大きなお風呂を堪能たんのうしておきたい。


「では、キリもいい事ですし、これでお開きですね」


 ケースを押入れに仕舞しまったライラさんが、こちらにやってきてそう口にする。


「短い時間でしたけど、楽しかったです」


 立ち上がり、ライラさんと向き合うと私はそんな事を言う。


「またいつかお話しましょう」

「はい」


 うなずき、きびすを返す直前、ふと仏壇の方が気になり、目線をそちらに向ける。


 仏壇の上には写真が飾られていた。微笑を浮かべた、細身の優しそうなおじいさんの写真が。


 え?


 思わず、動きが止まる。


 いや、仏壇の上に写真があるのはいい。遺影とは得てしてそういう物だ。問題なのはその写真に映っている人の方……。


「どうかしました?」

「いえ、なんでも」


 心配そうな顔を浮かべるライラさんにそう告げ、私は今度こそ体を出入り口に向ける。


 ソフィアちゃんはすでに部屋の外に出ており、私を待っていた。


「お待たせ」

「うん」


 私が声を掛けると、ソフィアちゃんは私の前に立って廊下を歩き出した。


 平静をよそおいつつも、私の頭の中は内心ではパニックだった。

 なぜなら、仏壇の上に飾ってあった写真、そこに映っていた人物を私は知っている。でも、それは有り得ない事だった。だって、あそこに写真が飾られているという事は、その人物はすでに亡くなっているという事なのだから。


 しかし、私は確かに会った、あの人物に。今日の昼間、廊下で。それどころか会話もした。はっきりと。言葉を交わしたのだ。


 ふと川で聞いたソフィアちゃんの話が頭をよぎる。


 ――顔が恐怖で歪んでたって。何か恐ろしいものでも見たのかしらね。


 瞬間、背筋に寒気が走る。


 いや、私が会ったのは優しそうなおじいさんなので全然関係ないのだが、そういう話がこの辺りではまことしやかに語られているという事は……。

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