第7話 意気投合

 今日の夕食は、昨日の何倍もにぎやかだった。

 単純に人数が二人増えた事もその要因の一つだが、何より典孝さんの存在が大きかった。


 典孝さんはよくしゃべる。と言っても、自分の話をペラペラ話すわけではなく、どちらかというと話題を提供したり人の話を盛り上げたりと会話の手助けをしている事が多い。そのお陰もあって、今夜は部外者の私も自然と会話に多く参加する事が出来た。(昨夜はライラさんと望愛さんに質問攻めにされ、返答するのに手一杯で会話どころではなかった)


 後、ソフィアちゃんの言うように、ライラさんと典孝さんの仲はそれ程悪いわけではなさそうだ。典孝さんの話にライラさんが強めのツッコミや訂正を入れるシーンは多く見受けられたが、その事により雰囲気が悪くなる事はなく、周りの面々はそれを見て呆れたり笑ったりして、終始なごやかな空気が食卓には流れていた。


 夕食が終わると、一旦食卓が片付けられ、新たにお皿とフォークが並べられた。そして中央にはホールケーキが。


 今日は、ライラさんの六十三回目の誕生日。つまり、ソフィアちゃんはこれに合わせてこの家を訪れたというわけだ。


 ケーキはライラさんが作った物で、種類はガトーショコラ。日本では誕生日は周りが祝うものだが、イギリスでは本人がもよおしたりケーキを配ったりするのが普通らしい。まさに文化の違いが色濃く出るイベントである。


 ケーキを切り分ける――前に、それぞれがプレゼントをライラさんに渡す。典孝さんとマヤさんは最新の調理器具を、望愛さんはライラさんの事を描いた絵を、私は緑茶の茶葉を、ソフィアちゃんはフィギュアをプレゼントにチョイスした。


 意外な事に、ライラさんは漫画やアニメに造詣ぞうけいが深いらしい。まぁ、海外の人の多くは、それらをジャパニーズポップカルチャーとして好みうやまうので、そういう意味では全然意外でもなんでもないのかもしれないが。


 全員の皿にケーキが行き渡ると、「じゃあ」と望愛さんが音頭おんどを取り、その場にいた五人が一斉にライラさんに向けて誕生日を祝う言葉を告げた。それにライラさんがお礼の言葉という形で応え、誕生日会が幕を開けた。


 誕生日会と言っても夕食の延長線上のようなものなので、会話の内容が急に変わるという事もなく、相変わらず典孝さんを中心に賑々しく話が展開されていった。


 そんな中、ふと思い出したかのようにソフィアちゃんが、フィギュアの入った箱を見ながら口を開く。


「そういえば、いおもこういうの好きよね」

「そうなんですか!」

「!」


 ライラさんの思ったより激しい食い付きに、思わず私は体をびくりと震わす。


「すみません。リアルでその手の話出来る人、周りにいなくて……」


 年齢に加えこんな所に住んでいたら、それもまぁいたし方ない事と言うべきか、当然と言うべきか……。


「ちなみに、今期はどんなアニメを?」


 ライラさんの質問に、私は現在視聴しているタイトルを数個げる。本当はその倍以上のタイトルを視聴しているのだが、全部挙げるのはさすがに非常識と思い自重した。


「あー。私もその辺は見てます。特に――」


 ライラさんが告げたタイトルは、今期一の盛り上がりを見せているもので、一話目の放映時点でネットはお祭り騒ぎだった。まぁ、PV発表の段階でその兆候ちょうこうはあったので、ネットの反応を見ても驚きは特になく、むしろ納得感の方が強かった。


「この間の三話なんてもう」

「神回、でしたよね」


 ライラさんの言葉を引き継ぐように、私がそう告げる。


「そう!」


 そしてそれに、ライラさんが強く同意の意を示す。


 三話はまさに神回。いい最終回だったという言葉が飛び交う程の内容と出来で、ネットでは最早今期の覇権はけんは確定したというような話も。まだ三話なのに、一体これからどうなってしまうのだろう……。


「特にあのシーン」

「あ、あそこですよね」


 具体的な情報は何一つないのに、私はライラさんがどこのシーンの事を言っているのかフィーリングで理解した。というか、三話であのシーンと言ったら、あのシーンしかない。


「なんかもう、とうと過ぎて見てて涙出てきちゃって」

「分かる!」


 というか、私も実際あのシーンでは思わず涙ぐんでしまった。そのくらい感動的でまた素敵なシーンだった。


「いおさん」

「ライラさん」


 お互いの名前を呼び合い、目を見て、私達はがっちり固い握手を交わす。


 生まれた場所・年齢を超え、二人の間に熱い何かが生まれた瞬間だった。

 それはおそらく友情とはまた違った、オタク特有の心と心の繋がりとも呼ぶべき、言葉にならない感情……。つまり――


「何これ」


 望愛さんが、周囲の気持ちを代弁するようにそうつぶやく。


 つまり、これが一般人の正しい反応、なのだろう。


 まったく、これだからオタクというやつは……。ホント気を付けよう。と言っても、熱くなったらどうせまたやるんだろうけど。




 誕生日会でライラさんと意気投合した私は、見せたい物があると言われ、そのライラさんの部屋に来ていた。


 部屋の広さは私達が通された部屋と同じくらい。

 部屋の中央には正方形の背の低いテーブルが置かれており、そこに座椅子が二つ向き合うように置かれていた。他に部屋にあるのはテレビの乗った台と箪笥たんすたな仏壇ぶつだんと、オタク要素のある物は一切なく、どことなく生活感もなかった。


「何もないでしょ」

「いえ……」


 図星を突かれ、思わず反射的に否定してしまう。


「部屋の雰囲気に合わないから、趣味に関する物は隠してるんです」

「どこに?」


 尋ねながらも、私の視線はある場所に向けられていた。

 ぱっと見分からないように多くの物を隠すなら、あの場所しかないだろう。


 ライラさんが部屋の奥に進み、押入れの戸を開ける。


「どうぞ」


 促され、ライラさんが退いた場所に代わりに私が立つ。


 それはまさにオタクの宝庫だった。

 フィギュアや本、ブルーレイといった趣味全開の品々が綺麗に押入れの上段に並べられていた。ちなみに、下段には布団や収納ボックスが置かれており、そこだけが押入れとしての本来の機能を果たしていた。


すごいですね」


 私が知っているものから知らないものまで、様々な作品の関連物が綺麗に陳列ちんれつされている。ジャンルも幅広く、ロボット物やバトル物、恋愛系や日常系と、その種類は多岐たきに渡る。


「一番のお気に入りはどれですか?」

「一番、ですか……」


 私の質問に、ライラさんは悩む素振そぶりを見せながら、押し入れへと近付く。


「これですかね」


 そして、一つのブルーレイを指差した。それだけは横向きに仕舞しまわれておらず、表面がこちらを向く形で置かれていた。


「あ、これって」


 その箱には何やら文字が入っていた。いわゆるサインというやつだ。


「まだこの監督が今程有名じゃなかった頃、百人限定でサイン会付きのブルーレイが発売されて、それはその時の物です」


 一般人にも知られているアニメ監督は、然程多くない。五・六人といったところだろうか。その中でもこの監督は、映画を作る度にアニメ好きだけでなく普段アニメを見ない層までも、当然のように話題にしてその名を呼ぶ、超人気監督だ。


「私もこの監督の作品好きなんです。新しいのもですけど、昔のも」


 そう言って私は、作品名を口にする。


「あ、私も好きです、その作品。時間も五十分ないくらいだから、見やすいんですよね。確か、ここに……」


 言いながら、横向きに並んだブルーレイの中から、ライラさんが一つのケースを取り出す。


「あった。これです」

「そう。これ」


 ライラさんの手にあったのは、まさに私が言った作品のブルーレイだった。

 箱はなくケースだけなので、その見た目は大分コンパクトだ。


「その……」


 ケースで顔の下半分を隠しながら、ライラさんがこちらに伺うような視線を向けてくる。


「今から一緒に見ませんか?」

「!」


 可愛い! いや、六十を過ぎた女性にこんな言い方をするのもどうかと思うが、実際可愛いのだから仕方ない。


「はい。喜んで」


 動揺のあまり、まるでどこぞの居酒屋店員のような変な返事をしてしまった。


「本当ですか。じゃあ、早速」


 言うが早いか、ライラさんがテレビの方に向かう。


 それぞれのリモコンでテレビとレコーダーの電源を入れると、レコーダーにケースから取り出したディスクをセットした。


「どうぞ」


 すすめられるまま、私は座椅子の一つに腰を下ろした。


 それを見届けてから、その反対側の座椅子にライラさんも座る。


「では――」


 ライラさんがリモコンを操作しようとしたその時だった。ふいに、こちらに近付いてくる足音と気配がした。そして――


「いお、今日お風呂どうする?」


 そう言ってソフィアちゃんがひょこっと顔を出した。


 私とライラさんは顔を見合わす。


 おそらく、同じ事を考えているだろう事は、表情や視線から容易よういに想像出来た。


「ソフィアちゃんもどう?」

「何が?」

折角せっかくだから」

「だから、何が」


 私とライラさんによる主語のないお誘いに、ソフィアちゃんが呆れたような声を出す。


「アニメ一緒に見ない?」


 私のそのシンプルな誘い文句にソフィアちゃんは、


「……」


 瞬間何やら考えた後、おもむろに部屋に入り、テーブルに着くという形でこたえたのだった。

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